小児科医にとって鼠径ヘルニアといえば、1歳未満の男の子です。
女の子の鼠径ヘルニアは珍しいというほどではないですが、少ないです。
今回は女児の鼠径ヘルニアについて、気をつけるべきことを書きます。
鼠径ヘルニアの発生頻度
系統小児科外科学に以下の記載があります。
- 小児外鼠径ヘルニアの発生率は全体の0.8%-4.4%。
- 生後1年以内に発症する症例が全体の2/3。
- 男児が女児の2-3倍多い。
このデータからも、「小児科医にとって鼠径ヘルニアといえば1歳未満の男の子」という感覚が間違っていないことが分かります。
この一般的な鼠径ヘルニアについては、こちらの記事に書きました。
女児の鼠径ヘルニアの特徴
女児の鼠径ヘルニアは、男児に比べて少ないのですが、それでもときどき遭遇します。
鼠径ヘルニアは陰部のすぐ横に、ぽこっとした腫瘤があります。
ゆっくり押していくと「ぐしゅぐしゅ」と戻っていく感覚があるのが一般的です。
ですが女児の場合、こりっとしたしこりのように触れることがあります。
ゆっくり押してみても、全く戻りません。
「これはまさか、嵌頓ヘルニア……?」
そう思わせてしまうほど、奇妙な手ごたえを感じることがあります。
これこそ女児の鼠径ヘルニアの特徴だと私は認識しています。
還納できないヘルニア
一般的に、鼠径ヘルニアは押せば戻るはずです。
脱出しているものは腸管であることが最も多く、ぐしゅぐしゅとした感触を感じながら、元に戻すことができます。
ですが、中には押しても戻らないヘルニアがあります。
鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015では、次のように定義されています。
- 非還納性ヘルニア:還納できないが、膨隆以外の症状がなく、治療の緊急性がないもの。
- 嵌頓ヘルニア:膨隆以外の症状(不機嫌、腹痛、嘔吐など)を有し、急に発症した自己還納できないもの。
- 絞扼性ヘルニア:嵌頓ヘルニアのうち血流障害を伴ったもの。
私が経験した女児の鼠径ヘルニアで、押しても還納できなかった経験は2回だけです。
そのいずれも、子どもは元気で、鼠径は腫れているだけで痛みはなさそうでした。
お母さんが「腫れていることが気になって」と受診してくださっただけで、特に様子は変わらないとのことでした。
これは上記の「非還納性ヘルニア」に相当します。
卵巣ヘルニア
非還納性ヘルニアの大部分は卵管、卵巣が脱出している滑脱ヘルニアである。卵巣堤索が鞘状突起に付着しているため卵巣堤索ごと卵巣、卵管がヘルニア嚢内へ滑り込むように脱出している。
鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015
系統小児外科学では「女児では鼠径ヘルニアの約20%が卵巣ヘルニア」とありますが、その頻度は引用文献によって異なります。
(1歳未満の女児のヘルニアの70%が卵巣ヘルニアだという報告もありました)
ガイドラインにあるように、元気な女児で還納できないヘルニアがある場合、その多くが卵巣だと考えてよいと私は思います。
本当に卵巣ヘルニアかどうかを確かめるには、エコー検査が有用です。
エコーをすれば、まぎらわしいヌック管水腫や、鼠径部リンパ節腫大なども鑑別できます。
私の経験でも、非還納性ヘルニアと思いきや、実はヌック管水腫だったということがありました。
また、足に予防接種したあとに腫れが見つかって「予防接種による鼠径部リンパ節腫大」という触れ込みできた女児が、実は卵巣ヘルニアだったという経験もしました。
手術時期について
一般的な鼠径ヘルニアの手術時期も、早期がいいのか待機的がいいのか議論があるように、卵巣ヘルニアについても時期については議論があります。
脱出している卵巣が捻転して壊死する可能性があるため早期の手術が支持されている。
鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015
上記のようにガイドラインには書かれているものの、このエビデンスは低いです。
一般的に卵巣ヘルニアで卵巣が壊死することはほとんどなく、手術はある程度体が大きいほど術中・術後の合併症が減るため安全になり、系統小児外科学にも「準緊急的に手術」と記載があります。
結局のところ、前回の鼠径ヘルニアと同じ結論になります。
卵巣ヘルニアを診断するまでが私の仕事であり、その後は小児外科の先生にアドバイスしてもらいます。
まとめ
女児の鼠径ヘルニアについて、私の経験も交えて書きました。
女児の鼠径ヘルニアはいわゆる典型例でないことがあるため、診断・診察には注意が必要です。
卵巣ヘルニアは徒手整復することはできません。
(無理して還納させようとすると卵巣・卵管腫脹から循環障害に至る危険性があることが、系統小児外科学には書かれています。そこまで強く圧迫する人はいないと思いますが)