ご列席の臨床医の先生方には自明のことですが、医者なんて薬がなきゃなんにもできない。
そうでしょう?
外科手術の術前に化学療法。
手術後には抗生剤。
どの薬をどう使うか。使い方の指針となるのは過去の実験データです。
それがEBM。
和訳では「根拠に基づいた医療」。ただねえ、そのデータの読み方ってのが難しい。
p値、線形相関、尤度。
意味を正確に知ってる方は、この中で3人くらいでしょう?まぁp値くらいはご存知でしょう?
データの有意性、おおざっぱに言えば信頼度を示す数値です。
医学統計の父、ピアソンの名からとられました。彼は言います。
統計とはサイエンスの文法だと。
そして現代の医師はサイエンスのしもべです。ですが今、そのEBMを、ピアソンを、医師が拠って立つ地盤を、脅かそうとする流れがある。
フラジャイル4巻
データの読み方を間違えると、間違った医療につながります。
川崎病患者さんのほとんどがワクチンを接種していたからといって、ワクチンと川崎病に因果関係があるという結論になりません。
(日本よりもワクチン接種が多いアメリカのほうが川崎病罹患率が低いという事実があります。人種が違うため、正確な比較ではありませんが)
今回は、誤った統計学の例を紹介し、データを読み間違えない方法を考えます。
(なお、本記事で紹介するデータは統計学的誤りが理解しやすいように調整した架空のデータです)
このページの目次です。
誤ったPICOによる嘘
PICO(PECO)とは、どんな患者(Patient)に、どんな介入があると(InterventionまたはExposure)、何と比較して(Comparison)、どんな結果になるのか(Outcome)というフォーマットです。
これは臨床研究の基本です。
このPICOまたはPECOが不適切だと、研究も論文も不適切になります。
たとえば、こういうのはどうでしょうか。
水泳を習うと医者になる?その1
水泳を習うと医者になりやすい。
この結論は正しいでしょうか?
医学生のうち、水泳を習ったことがあるかどうかという要素はExposureに該当しますので、PECOで考えてみましょう。
P:医学生
E:水泳を習った
C:水泳を習ったことがない?
O:医学生になれるか?
医学生に対して水泳を習っていたかをアンケートしただけであり、このアンケート結果からは何も言えません。
(何も言えない結果から無理に結論をつけようとしているため、後述する「論理の飛躍による嘘」も併用されています)
たとえばPを大学生にし、Eを水泳を習っていた、Cを水泳を習っていない、Oを医学生の割合とすれば、何らかの結果を得られるかもしれません。
コンビニ受診は増加?
医療機関をコンビニエンスストアのように考えている人が多いと考えられる。
これもPECOで考えてみましょう。
P:夜間救急診療所を受診した人
E:夜間に病院を受診したことがある
C:夜間に病院を受診したことがない
O:どちらが多いか
明らかにPがおかしいんです。
Pが偏っているせいで、結果に大きな影響を与えています。
日本人は犯罪に遭いやすい?
日本人は不用心な人種なのだろう。
これも、Pがおかしいです。
日本のテレビニュースだと、日本で起きている事件が偏って放送されます。
このように、PICOまたはPECOがはっきりしていない研究デザインや、PICOまたはPECOが正しくない研究デザインでは、正しい結果を生み出せません。
論理の飛躍による嘘
PICOが正しくても、その結果の解釈が飛躍しているために嘘となるケースもあります。
水泳を習うと医者になる?その2
水泳を習うと医者になりやすい。
PECOで考えてみましょう。
P:医学生
I:水泳を習ったことがある
C:水泳を習ったことがない
O:どちらが多いか
今回はPECOに一応沿いました。
これならどうでしょう。
確かに、医学生の中では水泳を習ったことがある人の割合が多いことが分かります。
ですが、分かったことはそれだけです。
水泳を習うと医者になりやすいと結論づけるのは、論理の飛躍です。
この結論にするためには、やはり医学部以外の大学生の水泳を習ったことがある割合を求めなければなりません。
(それでも因果関係があるとしていいかは議論が必要です)
左利きは長生き?
したがって、左利きの人間は長生きしやすいといえる。
PECOで考えます。
P:日本の死亡者
E:右利きの割合
C:左利きの割合
O:どちらが多いか
これもPECOに一応沿っています。
ですが、この研究で分かるのは死亡者は左利きより右利きが多かったという事実だけであり、左利きが死亡しにくいという結論には至りません。
必要十分性の欠落による嘘
必要十分性が欠落している場合は、命題を逆にすると真偽が一致しません。
それを勘違いしてしまうことで、間違った解釈が生まれてしまいます。
これは、論理の飛躍による嘘の一形態といえるものです。
あなたはマツコ・デラックス?
マツコ・デラックスも人間だ。
したがって、あなたはマツコ・デラックスだ。
マツコ・デラックスは人間であるための十分条件ですが、必要条件ではありません。
マツコ・デラックスは人間であっても、すべての人間がマツコ・デラックスではありません。
ですから、上記は三段論法に変換できません。
こんな間違い、誰もしないと思うでしょうか。
ですが、次のケースではどうでしょう。
四種混合ワクチンは危険?
アルミニウムは核燃料に使われる。
核燃料は危険である。
したがって、四種混合ワクチンは危険である。
見事な四段論法にみえます。
ですが、「アルミニウムは核燃料に使われる」という命題は受動態で書かれており、正しく表現すると「核燃料はアルミニウムを含んだものである」という命題になります。
核燃料はアルミニウムを含んだものであるための十分条件ではありますが、必要条件ではありません。(正確にはアルミニウムを含まない核燃料もありますので、十分条件ですらありませんが)
したがって、「アルミニウムを含むものは、核燃料である」という命題は正しくありません。
そのため、上記は四段論法に変換できません。
ミスリードによる嘘
読み手を誤解させる表現をミスリードといいます。
誤解を狙っているだけであり、正しく理解をしたのであれば論理破綻はしていない点が、前述の「論理の飛躍による嘘」と異なります。
日本人は中国のことが好きではない?
好き20%、嫌い10%、どちらでもない70%という結果だった。
これはすなわち、中国のことが好きな日本人はたった20%に過ぎず、残りの80%は中国のことを好きではないと答えたことになる。
好きではないという表現が、嫌いと誤解させることを狙っています。
大増税?
まもなく333%の増税がなされる予定だ。
消費税が3%から10%に増えることを、333%の増税と表現しただけです。
相対的な増加率をまるで絶対的な増加率であるように誤解させることを狙っています。
ハーゲンダッツは肺炎を引き起こす?
(投与方法:気管内投与)
気管にアイスを入れたら誤嚥性肺炎になるのは当然です。
ですが、括弧内の文字をとても小さく書いたらどうでしょうか。
もしくは別のページにしたり、省略したりしたらどうでしょうか
明らかに誤解を狙っています。
これらは事実であり、正確には「嘘」ではありません。
ですが、誤解させることを目的としていますから、ここでは嘘に含めます。
併せ技
ウソ科学は併せ技でやってくることもあります。
たとえばこういうのはどうでしょう。
したがって治療薬Aは危険である。
(注:ここでの生存率は100年生存率を指す)
これは、アウトカムが100年生存率という不適切な設定を行っています。
さらに、Aを投与しなかった場合や代替薬を投与した場合の生存率が示されておらず、Aの危険性が不明な状況での結論には、論理の飛躍による嘘もあります。
そして括弧内を小さく書けば、ミスリードも狙っています。
ワクチン接種は脳症を増やす。
(この病院ではインフルエンザワクチンを接種した人に対し、インフルエンザ脳症になったら自院に必ず連絡するように伝えている)
Pがインフルエンザワクチンを接種して脳症を発症した人、Oがインフルエンザワクチンを接種していたか、となるのでしょうか。
当然ですが、結果は100%になります。
明らかにPが間違っています。
そして、Cが存在しません。
PICOが不適切なのは明白です。
括弧内の事実を伏せた状態であれば、Pがまるで適切であるようにミスリードも狙っています。
さらには、論理も飛躍しています。
正しくデータを読むための方法
4種類のウソ統計学を紹介しました。
ここから、論文やデータを正しく読むための方法を考えてみます。
- 論文のPICOが適切であるかを考える。
- アウトカムから結論に至る過程で、論理が飛躍していないか考える。
- 論理の必要十分性に注意する。
- ミスリードがないか確認する。
これらを注意して論文やデータを読めば、正しい解釈をしやすくなります。
(それでもデータの正しい解釈は難しいのですが)
それが正しい医療につながります。
まとめ
医は仁術であることに異論はありません。
特に小児科医のプロフェッショナリズムの1つは仁であり、思いやりの心でしょう。
ですが、他方では医は科学です。
適切なPICOでデザインされた研究結果を正しく解釈する能力が、医師には必要です。