髄膜炎菌に対するワクチン(メナクトラ)と抗菌薬予防投与。

2017年7月25日、寮生活中の大学生が髄膜炎菌感染症で死亡した報告されました。

小児科医は、その多くが日々感染症と向き合っています。
感染症をどう治療するかも大切ですが、感染症をどう予防するかも考えています。
小児科医は予防接種に強く関心を持っており、他の内科医や外科医よりも予防接種について詳しいという自負があります。

今回は髄膜炎菌について、予防という観点で考えてみます。

アメリカと日本との髄膜炎菌感染症の頻度

アメリカでのここ10年の髄膜炎菌感染症は、年間およそ5000人です。

この10年間における米国での発症率は平均10万人あたり1-2人で、これは年間2000-3500人(培養で確認された例のみ)にあたる。(中略)英国などでは、培養による診断はPCRによって診断された患者数の50%程度しかない。

ネルソン小児科学 第19版 p1083

いっぽうで、日本での髄膜炎菌感染症については年間7-21人報告されています。
国立感染症研究所のサイトが詳しいです。

アメリカに比べて、日本の髄膜炎菌感染症は少ないことが分かります。

アメリカと日本との髄膜炎菌ワクチン

髄膜炎菌感染症は死亡率が高いです。

米国における侵襲性髄膜炎菌感染症の死亡率は、現代の医学介入を行っても依然として、約10%である。

ネルソン小児科学 第8版

髄膜炎菌から子どもを守るには、予防が必要です。
予防する方法としては、ワクチン接種と抗菌薬予防投与があります。

まず、髄膜炎菌ワクチンについて書きます。

アメリカでは、11-12歳で髄膜炎菌ワクチンを接種し、16歳で追加接種することがすべての子どもに推奨されています。
一般的な予防接種(Hibワクチンや肺炎球菌ワクチンなど)が生後速やかに予防接種されるのに対し、髄膜炎菌ワクチンは思春期前後に接種します。
これは、髄膜炎菌感染症のピークが青年期に入るところ(15-24歳)にあるためです。
(ちなみに、最も髄膜炎菌感染症が多いのは実は1歳未満の乳児です。この年齢層に対する髄膜炎菌ワクチンは、アメリカでは実施されていません)

日本では、2014年7月に髄膜炎菌ワクチン(メナクトラ)の製造販売が承認され、2015年5月から接種が可能となりました。

2017年8月現在、髄膜炎菌ワクチンは定期接種ではなく、任意接種です。
定期接種と任意接種の違いをざっくり言うと、定期接種は無料で、任意接種はお金がかかると私は説明しています。

日本小児科学会が「任意接種ワクチンの小児(15歳未満)への接種」で髄膜炎菌ワクチンを接種すべき対象を示しています。

  • 髄膜炎菌感染症流行地域へ渡航する2歳以上の者
  • 9か月齢以上のハイリスクの患者(補体欠損症・無脾もしくは臓機能不全、HIV感染症)
  • 9か月齢以上のエクリズマブ治療患者(発作性夜間ヘモグロビン尿症、非典型溶血性尿毒症候群)

ちなみに、費用についてgoogleで検索してみると2万円前後のようです。
ロタウイルスワクチンが3万円弱であることを考えればそれよりは安いですが、それでも費用はなかなか高額です。
なお、エクリズマブという免疫の薬を使っている子どもには、髄膜炎菌ワクチンの保険適応ため費用は減額(自治体によっては全額免除される場合もあります)されます。

なお、この髄膜炎菌ワクチン(メナクトラ)は日本では珍しく筋肉注射が必要なワクチンです。
他に日本で筋肉注射でなければならないワクチンは子宮頸がんワクチンしかありません。
日本の多くのワクチンが皮下注射であるという事実は、世界的な予防接種戦略から外れています。
というのは、日本以外の国ではほとんどの予防接種が筋肉注射だからです。
これについては、また別の記事で書きます。

髄膜炎菌感染症流行地域とは?

アフリカ・サハラ砂漠周辺では髄膜炎菌は流行しています。
スーダンやナイジェリア、コートジボワール、ガーナ、カメルーン、エチオピア、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ケニアなどです。

ネルソン小児科学によれば、この地域の年間の髄膜炎菌感染発症者の割合はアメリカの10倍です。
しかも、7-10年おきに大流行がおき、10万人に1000人が髄膜炎菌感染を起こします。
日本の人口におきかえれば、1年で120万人が髄膜炎菌感染を起こすということになりますから、想像を絶する大流行です。

この地域に渡航する場合には、髄膜炎菌ワクチンを接種するべきです。

抗菌薬の予防投与について

流行域に渡航する場合や、免疫力が弱い場合には、髄膜炎菌ワクチンでの予防が推奨されると書きました。
では、髄膜炎菌感染症の人と濃厚接触した人はどうすればいいのでしょうか。

もちろん、髄膜炎菌に濃厚接触した人は感染のリスクが高いです。
こういう人には、抗生剤の予防投与が考慮されます。

髄膜炎菌感染症の発症前7日以内に、「家族・託児所・保育園での接触者」「キスや歯ブラシの共有などで口腔分泌物に接触した人」「口対口の蘇生や、防護なしでの気管挿管や気道吸引をした医療従事者」は抗菌薬の予防内服を行います。
(これはネルソン小児科学にも、小児科診療2016年4号にも書かれています)

ただし、予防投与は必ずしも予防できるわけではありません。
慎重な観察および発熱時の指導が必要です。

その他のリスク因子

流行地域の渡航や、免疫力の低下、髄膜炎菌感染者との濃厚接触以外にに、髄膜炎菌に感染するリスクは何があるでしょうか。

ネルソン小児科学に書かれている髄膜炎菌保菌または疾患のリスク因子は次です。

  • ウイルス性呼吸器感染症(インフルエンザ)
  • たばこへの曝露
  • マリファナ
  • 頻回な酒場通い
  • 過度な飲酒
  • ナイトクラブに行くこと
  • 寮生活をはじめた大学新入生

これらのリスク因子は青年期で機会が増します。
髄膜炎菌感染が15-24歳にピークを持つのは、こうした理由なのでしょう。

2017年7月に報じられた髄膜炎菌感染症は、上記のうち寮生活と関連があるかもしれません。

ただし、髄膜炎菌の感染者がほとんどいない日本において、上記のリスク因子を持った人全員が髄膜炎菌ワクチンを接種すべきかどうかは議論が必要です。

まとめ

髄膜炎菌ワクチンに関することを書きました。

すべての子どもが接種するよう推奨されているアメリカとは違って、日本での髄膜炎菌ワクチンの接種は限定的です。
それは、日本において髄膜炎菌の感染が少ないことによるでしょう。

それでも、流行域に渡航する場合は髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨されます。
免疫力が低下している場合(補体欠損症・無脾もしくは臓機能不全、HIV感染症、エクリズマブ治療患者)にも髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨されます。

今回のニュースを受けて、髄膜炎菌に関する問い合わせが増える可能性がありますので、小児科医は髄膜炎菌感染の現状と、ワクチンおよび予防的抗生剤についてあらためて知っておくべきです。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。