2017年8月7日追記。
IgA血管炎に対するステロイド治療量や期間について追記しました。
写真は第105回の医師国家試験からです。
この盛り上がったような紫斑は、典型的なIgA血管炎ですね。
IgA血管炎については以前書きました。
強い腹痛に対してはステロイド投与が推奨されています。
IgA血管炎に対してステロイドを投与すると、多くの患者さんの腹痛は改善されます。
いっぽうで、ステロイド投与がIgA血管炎の合併症として有名な腸重積や腸穿孔を予防したり、IgA血管炎腎症を予防したりするかどうかは明らかになっていません。
今回はIgA血管炎に対するステロイド治療について書きます。
このページの目次です。
IgA血管炎のゴール
IgA血管炎は基本的には何もしなくても自然に治ります。
紫斑や腹痛、関節炎といった症状は数日から数週間かすれば治まることが多いです。
ですが、IgA血管炎の腹痛はとても激痛であることも多いです。
痛すぎて大声で叫ぶ子どももいます。
また、腸穿孔を合併し、手術を要することも稀にあります。
そして、血尿や蛋白尿が出現し、腎不全へと進行する「IgA血管炎腎症」という合併症を持つこともあります。
したがって、IgA血管炎のゴールは大きく分けて3つあります。
- 腹痛を改善させる。
- 外科手術を要するような消化管穿孔を予防する。
- 腎不全を予防する。
IgA血管炎は、血管壁への白血球浸潤に加えて、IgAが沈着し、その結果血管壁が壊死する病気です。
ステロイドは炎症のプロセスを抑制するので、ステロイドを早期に投与することは3つのゴールに有効な治療だと考えられます。
理論上はそうなのですが、実際は議論の余地があります。
IgA血管炎のゴールに対して、ステロイド投与が有効なのかどうかは、小児科医にとって強い関心があります。
IgA血管炎に対するステロイド治療の投与量と期間
IgA血管炎についてpubmedで調べると、近年にはあまり論文が出ていないことに気づきます。
また、「Henoch-Schönlein purpura」という病名と「IgA vasculitis」という病名が混在しており、非常に検索しづらい事態になっています。
病名が変わった経緯はこちらに書きました。
そういう状況のため、なかなかよい論文を見つけられない中で、「これはなかなか」と思えた論文を紹介します。
10年以上も前の論文ですが、大規模コホート研究であり、かつここ10年でIgA血管炎の診療は(病名が変わったことを除けば)大きく変わっていませんので、十分に信頼性は高いと思います。
この論文では、201の文献を吟味して15個に絞っています。
内訳は、3つが前方視のランダマイズドでプラセボコントロールのスタディで、残り12個は後方視的な研究です。
前方視の論文3つのステロイド治療の投与量を示しておきます。
- Huberらは経口のprednisone(プレドニゾン。日本では承認されていない薬です。肝臓で代謝されて等力価のプレドニゾロンになるようです)を2mg/kg/dayで1週間投与し、2週間以上かけて漸減終了している。
- Ronkainenらは経口のprednisoneを1mg/kg/dayで2週間投与し、2週間以上かけて漸減終了している。
- Mollicaらは経口のprednisoneを1mg/kg/dayで2週間投与している。
後方視の研究も、大体同じです。
今回の研究は、プレドニゾンを1-2mg/kg/dayで1-2週間投与し、その後0-2週間かけて漸減終了するというステロイドの使い方をしています。
日本ではプレドニゾンは承認されていませんが、プレドニゾロン(プレドニン)がほぼ同等の薬と考えられますので、プレドニゾロンを1-2mg/kg/dayで1-2週間投与し、その後0-2週間かけて漸減終了という手法をとるとき、この論文は役に立つはずです。
IgA血管炎に対するステロイドは腹痛の期間を減らすか?
さて、ステロイドは腹痛の期間を減らすかについてです。
この論文の結論は「ステロイドはIgA血管炎の腹痛を24時間以内に有意に改善させる」というものでした。
「いや、ステロイドが腹痛を改善させるということは臨床的に実感しているので今さら知りたいわけではないんです。知りたいのは、ステロイドを使うことで腹痛を起こさせるメカニズム自体が根本的に早く収束するのかどうかです」
これは私の最大のクリニカルクエスチョンです。
ですが、この答えを教えてくれる論文は見つかりませんでした。
確かに、このクリニカルクエスチョンを(臨床で感じる疑問)をリサーチクエスチョン(研究によって解明できる疑問)にするアイディアが思いつきません。
したがって、「IgA血管炎に対するステロイドは腹痛に有効であるのは間違いないが、腹痛を起こすメカニズムを根本的に治せているかどうかは不明である」という結論になります。
ちなみに、上記の結論の前半部分「IgA血管炎に対するステロイドは腹痛に有効である」というのは、後述する「血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版」でも推奨度Aとされています。
IgA血管炎に対するステロイドは消化管穿孔を予防するか?
上記の論文の結論は「IgA血管炎に対するステロイドはオッズ比0.75で外科的介入を減らすかもしれないが、有意差は出なかった」となっています。
この論文を参考文献として、血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版では「副腎皮質ステロイド治療は入院期間の短縮と外科手術の回避という大きな利点を有することが指摘されている」と書かれています。
ですが、この表現は言いすぎだと思います。
ステロイドが消化管穿孔を予防し、外科的手術を減らすという根拠は乏しいと私は思います。(有意差がついていないため)
また腸重積に関しても、ステロイドが腸重積を減らすという論文はありません。
したがって、「IgA血管炎に対するステロイドで、腸重積や消化管穿孔を予防できるかどうかは現状では不明である」という結論になります。
IgA血管炎に対するステロイドはIgA血管炎腎症を予防するか?
IgA血管炎の合併症の中で、もっとも予後を決めると言っても過言ではないのが「腎症になるかどうか」でしょう。
前述の論文では、「前方視のランダム化プラセボコントロールのスタディ3つをまとめた結果、オッズ比0.43で有意にIgA血管炎腎症を予防できた」という結果になっています。
ステロイドが直接的に糸球体への炎症の波及を予防したのか、それとも腹痛を抑えることで血圧が安定し間接的に腎保護に作用したのかどうかは分かりません。
ステロイドがIgA血管炎腎症を予防する機序は分かりませんが、ランダム化プラセボコントロールスタディ3つの総和で有意差がついたというのは、なかなか強い根拠と言えそうに思います。
しかし、「血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年改訂版」では「副腎皮質ステロイドの早期投与は腎症を予防する効果が明らかでないため、勧められない」として、推奨度C2とされています。
どうやら、ランダマイズドプラセボコントロールスタディの1つが、ランダム化に問題があるという指摘があるようです。
論文の批判的吟味はとても難しいです。
したがって、「IgA血管炎に対するステロイドは、システマティックレビューでIgA血管炎腎症を予防できたという報告はあるものの、まだ根拠に乏しい」ということです。
まとめ
IgA血管炎のゴールを3つ挙げ、それぞれにステロイドが寄与するか調べました。
- 腹痛を改善させるか?
→ステロイドは腹痛を確かに改善させる。だが腹痛を起こすメカニズムを根本的に治せているかどうかは不明である。 - 外科手術を要するような消化管穿孔を予防するか?
→ステロイドが腸重積や消化管穿孔を予防できるかどうかは現状では不明である。 - 腎不全を予防するか?
→ステロイドは、システマティックレビューでIgA血管炎腎症を予防できたという報告はあるものの、まだ根拠に乏しい。
IgA血管炎はまだまだ不明な点が多く、研究しがいのある分野だと感じました。