2017年5月に、PALSという小児の二次救命処置法の勉強に行ってきました。
2年おきにPALSの講習会に行っていますので、もう3回目になります。
呼吸不全やショックの子どもや、心停止した子どもをいかにして救うかというのがPALSです。
今回は、PALSで習ったこととして、ベンゾジアゼピン中毒で呼吸不全を起こした子どもをいかにして救うかについて書きます。
そして最後にoff the job trainingの大切さについて書きます。
このページの目次です。
子どものベンゾジアゼピン中毒
病院に救急車受け入れ要請がありました。
救急隊からの情報では、2歳の男の子の呼吸がおかしいようです。
SpO2という体の中の酸素の数値は80%くらい(正常は94%以上)で、皮膚の色もチアノーゼ色(黒くくすんだ色)のようです。
5分後、救急室に男の子が搬送されました。
PALSの初期評価
PALSでは、患者に出会った瞬間に「初期評価」をします。
初期評価は、第一印象ともいいます。
患者さんを触ることなく、2、3秒でざっと観察して評価します。
初期評価では意識・呼吸・皮膚色を観察します。
男の子は目を開けていて、揺られるストレッチャー(救急隊が患者さんの移動に使う台のことです)の上で少し手足を動かしています。
意識はありそうですが、ぼんやりとした印象です。
呼吸はしてはいますが、不規則な印象です。
皮膚色は黒くくすんでいます。
初期評価をおえたら、判定します。
かなり病的な状態だと判定しました。
判定したら、介入します。
高濃度酸素を指示し、次の評価にうつります。
PALSは評価→判定→介入のサイクルで進んでいきます。
PALSの一次評価
初期評価の次の評価を「一次評価」と言います。
一次評価は呼吸機能や心機能について、実際に患者さんに触れて評価していきます。
このとき聴診器や血圧計、パルスオキシメトリ(体の中の酸素を測ります)、心電図モニターなどの簡単な器具を使ってもかまいません。
一次評価の手順は、ABCDEに沿って行います。
- 気道(Airway)
- 呼吸(Breathing)
- 循環(Circulation)
- 神経学的評価(Disability)
- 全身観察(Exposure)
気道が開通しているかは、胸の動きや呼吸の音で判断します。
いびきや息を吸うときの甲高い音は気道閉塞を考えます。
この男の子は、少しいびきが聞こえます。
呼吸は聴診上の胸の音、呼吸回数、パルスオキシメトリで評価します。
胸の音はきれいです。
呼吸回数は1分間に6回(幼児の正常値は24-40回)です。
パルスオキシメトリは、酸素投与でSpO2上がってはきていますが、それでもSpO2 88%です。
循環は、毛細血管再充満時間、血圧、心拍数、皮膚色、皮膚の温度で評価します。
毛細血管再充満時間は2秒、手足は冷たくなく、正常範囲です。
血圧は82/45で正常範囲です。
心拍数は110回/分で正常範囲です。
循環には問題がなさそうです。
神経学的評価は主に意識状態をみます。
男の子は痛み刺激には反応するものの、ぼんやりしています。
最後に全身観察をします。
紫斑やあざがないかを見ます。
体温も全身観察にあたります。
体温は38.7℃でした。
一次評価が終われば、判定をします。
一次評価の判定は呼吸障害および循環障害のタイプと重症度を判定します。
呼吸障害のタイプは次の4つです。
- 上気道閉塞
- 下気道閉塞
- 肺組織病変
- 呼吸調節の障害
循環障害のタイプは次の4つです。
- 循環血漿量減少性ショック
- 血液分布異常性ショック
- 心原性ショック
- 閉塞性ショック
この男の子はいびきがありますので、上気道閉塞の要素はありそうです。
また、呼吸数が著しく低下していますので、呼吸調節の障害もあります。
呼吸数6回/分は有効な呼吸とは言えません。
呼吸不全と考えます。
循環については問題がなさそうです。
判定が終われば、次は介入です。
呼吸不全に対して頭部後屈-あご先挙上をして、バッグバルブマスクで人工呼吸を行います。
PALSの二次評価
一次評価と判定、介入が終われば、次は二次評価を行います。
二次評価はSAMPLEに沿った病歴聴取と、採血や心エコー、心電図、胸部レントゲンを行います。
病歴聴取のSAMPLEとは以下です。
- 自他覚症状(Signs and Symptoms)
- アレルギー(Allergy)
- 薬物(Medications)
- 病歴(Past medical history)
- 最後の食事(Last meal)
- イベント(Events)
自他覚症状とイベントはだいたい同じ質問になります。
救急車を呼んだ理由、または病院を受診した理由を聞くといいです。
男の子の母親に話を聞きます。
朝まで元気だったのだけれど、昼から熱が上がってきました。
熱性けいれんを何度かしたことがあるため、ジアゼパム座薬を使いました。
ですが、そのジアゼパム座薬は5歳のお兄ちゃん用にもらっていた座薬(10mg)だったことに気づきました。
そこであわてて、本人用のジアゼパム坐剤(6mg)を再投与しました。
さらにあとから気づいたのですが、昼過ぎに熱に気づいたおばあちゃんが、すでにジアゼパム坐剤(10mg)を使っていてくれたようでした。
そしたら、男の子の呼吸の仕方がおかしくなって救急車を呼びました。
最終食事は3時間前に昼ごはんを食べています。
アレルギーはありません。
ジアゼパム(商品名ダイアップ)は熱性けいれんの予防に使う薬です。
この男の子は6mgでいいところ、合計26mgのジアゼパムが投与されました。
ジアゼパムはベンゾジアゼピンという種類の薬です。
主治医は、「ベンゾジアゼピン中毒による呼吸調節の障害」だと判定しました。
二次評価、判定が終われば、次に介入です。
呼吸調節の障害はすぐには回復しないことが多く、また中毒症として嘔吐・誤嚥してしまうことがあります。
主治医は、安定した人工呼吸を継続する目的で、気管挿管を行いました。
挿管時は身長別カラーコード化蘇生テープが有用です。
コードに従い、4.0mmのカフ付きチューブで、深さ13.5cm固定としました。
カフ付きのチューブで挿管できたので、誤嚥の対策にもなります。
ベンゾジアゼピン中毒に対するフルマゼニル投与
続いて、ベンゾジアゼピン中毒に対する解毒薬を使うかどうか検討します。
ベンゾジアゼピンに対する拮抗薬として、フルマゼニルが知られています。
フルマゼニルの投与についてはPALSでは触れられていません。
小児内科2013年4月号によると、フルマゼニルは0.01-0.02mg/kgと書かれています。
しかしフルマゼニルを投与すると、ジアゼパムによる熱性けいれんを予防効果も失われますので、けいれんを誘発するかもしれません。
またフルマゼニルの作用時間は1時間程度ですので、フルマゼニル投与で一時的に中毒症状がとれても、1時間後に状態が悪化するかもしれません。
主治医はフルマゼニルの経験がないこともあり、このまま自然に中毒が消えていくのを待つ方針としました。
人工呼吸管理と、輸液により、ベンゾジアゼピン中毒症状は徐々に改善しました。
off the job trainingの大切さ
on the job trainingという言葉は知っていると思います。
仕事を通して勉強するということです。
医者は患者さんを通していろいろなことを勉強します。
日々の診療は勉強の連続です。
ですが、心停止の子どもが救急外来に運ばれてきて、そこで初めてon the job trainingというわけにはいきません。
緊急の病気に対しては、仕事で遭遇する前からあらかじめしっかり勉強して、準備しておかなければなりません。
PALSという小児の救命処置法は、off the job trainingに分類されます。
off the job trainingとは、休日や勤務時間外の時間を使って、あらかじめ勉強しておくことです。
患者さんを診て学ぶのは大切です。
いっぽうで、しっかり学んでから患者さんを診ることはもっと大切です。
on the job trainingとoff the job trainingは両輪です。
どちらか欠けても、その車は動きません。
ですが、欠けやすいのはoff the job trainingです。
特にPALSが扱う呼吸不全、ショック、心停止などの救急疾患は、意識的にoff the job trainingに努めなければなりません。