溶連菌性咽頭炎後に尿検査は必要ですか?

本日の質問はこちら。

溶連菌感染症後の尿検査はどうしていますか?

シンプルですが、すごく深い質問です。

溶連菌感染症は急性腎炎を引き起こす可能性があるため、溶連菌性咽頭炎後に尿検査をすることで急性腎炎を早期に診断しようという考え方は、100年以上前からありました。
でも、近年は「溶連菌性咽頭炎後の尿検査って、本当にしなきゃいけないの?」という意見もあります。

今回は、溶連菌性咽頭炎後の尿検査の必要性について書きます。

小児科ファーストタッチではどう書いたか

2週間後に急性腎炎フォローのために尿検査をするかどうかは賛成1)と反対2)3)ともにあり。溶連菌性扁桃炎185例中、急性腎炎を発症したものはおらず、全例に尿検査は不要という論文4)を尊重し、筆者は溶連菌感染後に尿検査は行っていない。尿検査をしない場合は、顔に浮腫を認めたら再診するように伝える。

小児科ファーストタッチ p150

1) 小児科診療ガイドライン 第3版 p140-142
(小児科診療ガイドライン〈第4版〉 ─最新の診療指針─では、p155-157。治療後2週、4週、6週で尿検査をすると記載されている)
2) 治療 2006; 88: p581-582
3) 小児科学レクチャー 2011; 1: p401
4) 小児科診療 2013 vol76 5号 p863-866

上記の原稿を書いたのは2018年でしたが、あれから2年経っても私のスタンスは変わっていません。
むしろ、あれから様々な書籍や論文を読んで、「溶連菌感染後の尿検査は、少なくても全例には必要ない」と感じています。

私がこの2年間で勉強したことを、次に書きます。

100年前は、溶連菌感染後の急性腎炎はとても多かった

1908年の論文ですが、溶連菌感染の18%で急性腎炎を認めたという衝撃的な報告があります。
An epidemic of hemorrhagic nephritis following scarlet fever. JAMA. 1908, 51, 1410-3.

100年以上前のJAMA誌です!
今でも読めるという事実に驚かされます。
だからこそ、医学の歴史を紐解けるわけで、古い論文を公開し続けてくれる医学誌に感謝の気持ちを持ちます。

時代とともに溶連菌感染後の急性腎炎は減少

さて、時代とともに溶連菌感染後腎炎は減少していきます。

1953年には2366人の溶連菌感染後に腎炎を認めたのは1人(0.04%)でした。
Acute Glomerulonephritis, the Significance of the Variations in the Incidence of the Disease J Clin Invest. 1953; 32: 345-58.

現在わが国において、溶連菌性咽頭炎185人中、急性腎炎発症は0人だったという報告(前述の小児科診療 2013 vol76 5号 p863-866)や、溶連菌性咽頭炎2648人中、急性腎炎発症は1人(0.04%)だったという報告(日本小児科学会雑誌 2019 123巻2号 p325)を考慮すると、実際に溶連菌感染症後に尿検査をすることで急性腎炎をスクリーニングできる確率は極めて低いでしょう。

この100年で、溶連菌性咽頭炎が急性腎炎を引き起こす確率は大きく減少しました。

なぜ急性腎炎が減ったのか:M型12の割合の低下

なぜ急性腎炎が減ったのでしょうか。
その理由として、前述の J Clin Inves誌では、「溶連菌のうちM型12が急性腎炎と関連しており、流行した溶連菌株の違いが腎炎発症率に影響を与えたのだろう」と推察されています。

なお、わが国の溶連菌性咽頭炎のうちM型12の割合は20%程度です。
都内で分離されたA群溶血性レンサ球菌の薬剤感受性および血清型別について(2009~2013年) 東京都感染情報センター
(T型12で記載されていますが、T型12はM型12とほぼ同じ意味です)

ちなみに、溶連菌は血清型によって引き起こされる症状が異なります。

そもそも溶連菌感染後急性腎炎は咽頭炎ではなく膿痂疹に合併する(血清型が異なる)。

小児感染症のトリセツREMAKE p170

現在、咽頭炎の原因となる溶連菌は、ほとんどが腎炎を引き起こしません。

溶連菌感染後に急性腎炎になる確率0.04%にどう向き合うか

上記の研究をみていると、溶連菌感染後に急性腎炎になる確率は約0.04%です。
2500人に1人という表現のほうが分かりやすいかもしれません。
この確率にどう向き合えばいいのでしょうか。

学校検尿を受けた小学生51943人中、7人(0.01%)で急性腎炎が偶然発見されたという報告があります。
栃木県医学会々誌 (0285-6387)49巻 Page98-100(2019.06)

この51943人中7人というのが、急性腎炎がこっそりと潜んでいる割合なのだとすれば、溶連菌性咽頭炎という状況では急性腎炎リスクが約2.6倍になると考えられます。

「0.04%といえでも、0%ではないのだから、検査は必要だ!」という意見はあるでしょう。
「リスクが2.6倍になるのなら、溶連菌感染症後に尿検査は必要だ!」という意見はあるでしょう。

ただ、急性腎炎を発見できる確率が最大で0.04%であること、また無症候性の急性腎炎を早期発見する有益性を勘案しなければなりません。
私は有益性に乏しいと考え、ルーチンでの尿検査は行っていません。

リスクの「確率」を正しく伝えるべき

「溶連菌になったら、急性腎炎になるリスクがあるんですよ。だから、2週間後に尿検査をしましょう」

この説明が、間違っているとは思いません。
ですが、正確でもないと思うのです。

なぜなら、リスクがあると言われた人は「5%くらいかな、10%くらいかな、それとも30%くらいかな」と考えると思うのです。
まさかリスクが0.04%しかなく、99.96%は大丈夫だったとは考えないと思います。

尿検査をするな、という意味ではもちろんありません。
0.04%の捉え方は人によって異なります。
尿検査は痛い検査ではありませんので、気になるなら検査するとよいです。

ですが、たとえば仕事をどうしても休めない保護者に対して尿検査の提出を強要したり、またはまだ3歳で自立排尿がない児に導尿したり、そういうのはやりすぎだと思います。
「急性腎炎のリスクがあるんです」ではなく、「急性腎炎になる確率は0.04%なんです」が正しい説明だと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。