抗菌薬を減らすために。小児科医が薬剤師に期待する疑義照会。

兵庫県薬剤師会から要請を頂き、薬剤師さま向けに講演をしました。

薬剤師のための基本的臨床医学知識シリーズ・小児科①
『小児科ファーストタッチ・抗菌薬の使い方』

今回は、その内容の備忘録です。
講演時間は1時間でしたので、なかなかボリュームのある内容となりました。
そのため、この備忘録もなかなかのボリュームです。

世の中は不要な抗菌薬であふれている

かぜに抗菌薬が不要なことはみんな知っているのに、処方箋には内服抗菌薬が溢れています。
なぜでしょうか。

「疑問は科学の入り口である」

M. Okamoto 1982-

これは私のオリジナル哲学です。
でも、良い言葉だと思うんです。

この世界のエビデンスはリサーチクエスチョンの集大成です。
リサーチクエスチョンはクリニカルクエスチョンから生み出されます。
科学の歩みがこの一言で表現できていると思います。

話を戻しますが、どうして医師は抗菌薬を出してしまうのか。
それはこんな気持ちからだと思います。

(かぜだとは思うけれど……)

  • 中耳炎になる可能性は否定できない。
  • 肺炎になる可能性は否定できない。

気持ちは分かります。
そして、ただの風邪から中耳炎や肺炎に発展することは確かにありえることです。
可能性は否定できないのだから、抗菌薬を出すのは仕方がないのでしょうか。

薬剤師の特権「疑義照会」

「可能性は否定できない、というお決まりフレーズは100%当たるので全く無意味な言い訳です」

K. Iwata 1971-

神戸大学感染症内科教授のの岩田健太郎先生は有名ですので、ご存知な方も多いと思います。
神戸大学では、カルバペネム系などの抗菌薬を安易に処方すると、岩田先生から質問の電話が来ます。

「どうしてメロペネムを使われるのか根拠をお教えいただけますか?」

いわゆる「疑義照会」です。
岩田先生は「疑義照会」で適切な抗菌薬使用に貢献しています。

しかし、本来疑義照会は薬剤師の特権ですよね。
薬剤師にもできるはず。

今回のテーマは、抗菌薬を減らすために医師が薬剤師に期待していること。
すなわち、岩田健太郎先生のようになってほしいんです。

保護者の抗菌薬に対する意識調査

ではさっそく講義に入ります。

抗菌薬を減らすという大いなる目的を成し遂げる戦略。
戦略の最初の一歩は、城を攻める戦争でも心を攻める計略でもありません。
適切な現状把握です。

というわけで、抗菌薬に対する保護者の意識調査から見てみましょう。
Parents’ Expectations and Experiences of Antibiotics for Acute Respiratory Infections in Primary Care(Ann Fam Med. 2017; 15: 149-154.)
オーストラリアの論文です。
401件の電話インタビューで、保護者に抗菌薬に対する意識調査をしました。
咳によく効く13%、時々効く42%、咽頭痛によく効く20%、時々効く50%という結果でした。
多くの保護者が抗菌薬がかぜ症状に効くと思っているようです。

では実際に効くのでしょうか?

Antibiotics for the common cold and acute purulent rhinitis(Cochrane Database. 2013, CD000247)
コクランレビューの結果です。
かぜ症状に対してはリスク比0.95、95%信頼区間0.59-1.51という結果でした。
化膿性鼻炎に対してはリスク比0.73、95%信頼区間0.47-1.13という結果でした。
いっぽうで、抗菌薬の有害作用はリスク比1.46、95%信頼区間1.10-1.94でした。
つまり、抗菌薬はかぜ症状にも化膿性鼻炎にも効果がなく、副作用は増やします。

つまり、かぜに抗菌薬は実際には効きません。
咳にも鼻水にも効きません。
副作用はばっちりでますが。

では次の問題です。
抗菌薬はかぜの合併症(肺炎、中耳炎)の予防に有効でしょうか。

先ほどの意識調査では、有効と答えたのは30%、時々有効を合わせれば70%もいました。

では実際に予防するのでしょうか。
Antibiotics for preventing suppurative complications from undifferentiated acute respiratory infections in children under five years of age(Cochrane Database Syst Rev. 2016 Feb 29;2:CD007880)
コクランレビューです。
肺炎を予防するための支持療法(母乳育児の継続、鼻の浄化、パラセタモールによる発熱抑制)と比較したアンピシリンの使用は、リスク比1.05(95%信頼区間0.74〜1.49、1件の試験、889人の小児)、有意差なしでした。
中耳炎を予防するためのプラセボと比較したアモキシシリン/クラブラン酸の使用は、リスク比0.70(95%信頼区間0.45-1.11、3件の試験、414人の小児)、有意差なしでした。

つまり、抗菌薬は肺炎も中耳炎も予防しません。

「抗菌薬を予防目的に使うな」と言うと、「予防じゃなくて、治療だったらいいんですよね」と反論があります。
もちろん治療目的で抗菌薬を使うのは正しいです。
ですが、「かぜから中耳炎にいたる可能性は否定できないので、その否定できない中耳炎の治療目的で抗菌薬を使います」という不思議なレトリックをたまに聞きます。
これは許容されるでしょうか。

可能性は否定できない、は「何も考えてませんよ」という思考停止表明です。

K. Iwata 1971-

私はこれがベストアンサーだと思っています。

さて、保護者の意識調査を続けます。
どの程度の親が抗菌薬に興味を持っているでしょうか。
実は93%の保護者が抗菌薬処方に関与したいと思っています。
ですが、56%で医師からの相談なかったようです。

ここで1つ疑問が生まれます。
多くの親が興味を持っている抗菌薬。
もし保護者と相談して抗菌薬を使うかどうか決めたら、処方は増えるでしょうか、それとも減るでしょうか。

さきほど多くの親が抗菌薬はかぜに効くと思っていると書きました。
親と相談したら抗菌薬が増えそうな気がしませんか?

Interventions to facilitate shared decision making to address antibiotic use for acute respiratory infections in primary care.(Cochrane Database Syst Rev. 2015 Nov 12; CD010907)
共有意思決定によって、かぜ症状の発症から6週間以内の抗菌薬の使用率は47%から29%に減少しました(リスク比0.61、95%信頼区間0.55-0.68、10172人の検討)。
患者の再受診率は増加しませんでした(リスク比0.87、95%信頼区間0.74-1.03)。
患者満足度も減少しません(オッズ比0.86、95%信頼区間0.57-1.30)。

共有意思決定すなわち抗菌薬のメリットとデメリットを説明し、抗菌薬を処方しない場合の責任を医師と保護者で共有しあうという戦略は抗菌薬処方を減らし、そして患者満足度を下げることはないという結果でした。
共有意思決定には時間がかかりますが、患者さんや保護者としっかり話し合えば、抗菌薬は減らせるのです。

抗菌薬を減らす戦略

抗菌薬に対する保護者の意識調査から、抗菌薬を減らす方法がだんだん見えてきました。
もっと他にも抗菌薬を増やす方法はないか、考えていってみましょう。

血液検査でCRPを測定すると抗菌薬は減るでしょうか。
診察していてかぜかなと思っても、「血液検査をしてください!」と保護者に頼まれることはあります。
いざ測ってみると、CRPが2とか3とかあって、「まあ念のためメイアクト出しておきますね」みたいなことになりはしないでしょうか。

Biomarkers as point-of-care tests to guide prescription of antibiotics in patients with acute respiratory infections in primary care.(Cochrane Database Syst Rev. 2014 Nov 6;(11):CD010130.)
このコクランレビューでは、CRPが5mg/dL以上で速やかに抗菌薬を処方するという論文や、CRPが10mg/dL以上では速やかに抗菌薬を処方するがCRPが2~10mg/dLの場合は待機的に抗菌薬を使うという論文が含まれました。
CRPを測定して抗菌薬を使用するか決めると、CRPを測定せずに抗菌薬を処方するよりも、使用数が78%に減少しました(95%信頼区間66-92%)。

どんどん行きます。
初診時には抗菌薬を出さず、「3日待つ」という戦略があります。
これは軽症中耳炎や軽症副鼻腔炎でも採用されている戦略です。
軽症の中耳炎や副鼻腔炎は、鼻処置をしているだけでも3日間で改善することが多いです。
また、かぜであればおおくね3日間で改善します。
3日待って大丈夫なら抗菌薬が不要な疾患、3日待って大丈夫じゃないなら抗菌薬が必要な疾患というように、3日待つことで判別できるかもしれません。

ですが、3日待って大丈夫じゃなかったら、っていやですよね。
本当に3日待つ戦略は安全性が担保されているのでしょうか。

Prescription Strategies in Acute Uncomplicated Respiratory Infections: A Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2016 Jan;176(1):21-9.
アメリカの論文です。
最初に受診したときに抗菌薬の処方箋が渡されるが、その処方箋は3日後にしか引き換えられないようになかなか画期的な介入をしてみました。
抗菌薬使用率は、介入前は91.1%、介入後は23.0%と減りました。
これは当然の結果だと思います。
問題は、安全性です。
なんと、患者満足度、予定外受診率、重症化率は変わらなかったという結果でした。

つまり「3日間待つ」という戦略は安全に実行できます。

息切れしてきましたが、あとちょっとです。
岩田健太郎先生のような抗菌薬スペシャリストが監視していると、抗菌薬の処方率が減ることが分かっています。
ですが、岩田先生を各病院に配置することはできません。
岩田先生には遠く及びませんが、壁に抗菌薬ガイドラインを貼るだけでも効果があるのではないでしょうか?

A Cluster-Randomized Trial of Decision Support Strategies for Reducing Antibiotic Use for Acute Bronchitis.(JAMA Intern Med. 2013 Feb 25; 173(4): 267–273.)
アメリカの論文です。
診察室の壁に抗菌薬のガイドラインを貼ってみました。
このガイドラインはとてもシンプルで、「バイタル異常なく、胸の音もきれいなら、抗菌薬不要」、「バイタル異常、または聴診所見ありなら、胸部X線画像に所見があれば抗菌薬を考慮」、「バイタル異常、かつ聴診所見ありなら、抗菌薬を考慮」というようなものです。
こんなので効くのかと思いますが、なんとそれまで抗菌薬処方率80%だった施設が、この紙を壁に張っただけで68.3%に減少しました。
ガイドラインを壁に貼るだけで、抗菌薬は減るのです。

最後です。
カルバペネム系や第4世代セフェム系を処方するとき、医師に処方理由書を書かせている病院は多いですよね。
医師に抗菌薬の処方理由を書かせると、処方率は減るのでしょうか?

Effect of Behavioral Interventions on Inappropriate Antibiotic Prescribing Among Primary Care Practices: A Randomized Clinical Trial.(JAMA. 2016 Feb 9;315(6):562-70)
アメリカの論文です。
抗菌薬の理由を書かせると、抗菌薬処方率は23.2%から5.2%に減少しました。
ちなみに、抗菌薬を使用しない代替案の提示も抗菌薬処方率を22.1%から6.1%に減少させました。
やっぱり理由をきちんと文章にすると真実が見えてくるのでしょうね。
告白よりもラブレターのほうが正しく想いを届けられるのかもしれません。
ともあれ、抗菌薬の処方理由をきっちり文章にすると抗菌薬は減ります。
抗菌薬ではなく、鼻吸引やのど飴のような代替案も抗菌薬を減らします。

薬剤師にできること

ここまでの講義から、抗菌薬を減らすために薬剤師にできることが見えてきました。

まずは正しい啓蒙です。
保護者は抗菌薬で咳や咽頭痛が減ると思っています。
また中耳炎や肺炎を予防できると思っています。
これは保護者だけではなく、医者ですらそう誤解しているかもしれません。

薬剤師は薬の専門家です。
抗菌薬の効果を正しく説明しなければなりません。
保護者、そして誤解している医師に、抗菌薬を啓蒙すべきです。

また、代替案の提案も大切です。
「抗菌薬は効きません!」という説明は保護者の心に届きません。
患者さんは「効く治療」には興味がありますが、「効かない治療」には興味がないのです。
咳でお困りならハチミツ(1歳以上)、加湿、鼻吸引を。
のどが痛いならのど飴を。
熱が心配なら解熱薬の使い方を。
効く治療の提案をしてあげてください。

ほんの少しの時間でも患者さんと交流できると良いですね。
共有意思決定が抗菌薬を減らします。
もし患者さんが抗菌薬に納得できていないのであれば「それはとても良い疑問です。今度また抗菌薬を処方されるときは、ぜひ医師に詳しい説明を求めてください」とアドバイスしてください。

また医師にフィードバックするのもよいです。
「患者さん、抗菌薬の必要性を理解できていないようです」と電話またはFAXするといいです。
ただ、このフィードバックは緊急の内容でなければ、2-3日タイミングをずらしてもいいでしょう。
これは医師側の問題ですが、患者さんを診察し、診断し、患者さんとの合意で治療方針を決めた直後に、薬剤師から電話が来ると「自分の診療にケチがつけられた」と思う医師がいるかもしれません。
そうでなくても、忙しい診察中よりも、「時間があるときに読んでください」というアドバイスのほうが受け入れやすいです。

これは、薬剤師からのアドバイスが、現実的には医師と患者さんとが合意を形成した後になってしまうという潜在的な問題と関連しています。
薬剤師の介入は処方箋が打たれたあとであることが一般的です。
すでに患者さんと合意ができている状態では、新たな介入は難しいものです。

2-3日タイミングをずらした介入というのは、次の受診を意識したものです。
次に同じ患者さんが同じ医師を受診したとき、そこに前回の薬剤師からのアドバイスがすでに存在しています。
この前回の薬剤師のアドバイスと、今回の患者さんの症状、そして医師の診察、この3つで合意を形成するのです。

鉄は熱いうちに打て、という言葉ありますが、熱くなっているときにはなかなか素直になれない人間もいます。
少し冷却期間をおいてフィードバックがあると、熱いときよりももっと効果的なことがあります。

薬局にポスターを貼るのもいいでしょう。
抗菌薬のガイドラインでもいいのですが、AMRのポスターが厚生省のホームページでダウンロードできます。
「知ろう まもろう 抗菌薬」のポスターがお勧めです。

抗菌薬の根拠を確認するのもいいですね。
採血を受けていないで抗菌薬が出ているのであれば、医師に血液検査を提案するべきでしょう。
抗菌薬処方の理由を書かせるという手段もあります。
即時抗菌薬に対しては、3日待つという戦略が安全であることを医師にアドバイスしてもいいでしょう。

当院ではメイアクトやフロモックスを処方しようとすると、ペニシリン系や第一世代セフェムではダメなのか電子カルテ上の警告が表示されます。

薬剤師が積極的に抗菌薬を監視するようになると、おそらくウザがられます。
でも必要なことです。
疑義照会は薬剤師の特権であり、そしてこの疑義照会が不要な抗菌薬を減らすのです。

疑義照会には知識が必要

アンサングシンデレラという漫画で、疑義照会に至る理由がいくつか書かれています。

  • 勘違い
  • 入力ミス
  • 適応外処方判断
  • 作業のルーチン化
  • こっちの勉強不足

この中で、やっぱり避けたいのが「こっちの勉強不足」です。
薬剤師も基本的な臨床知識を身につけておかないと、ここぞという疑義照会が失敗に終わるかもしれません。

薬剤師はすべての領域をカバーしなければならないのでとても大変だと思います。
小児科学を学ぶのに「ネルソン小児科」をとてもお勧めできません。

そこでお勧めしたいのが、これです。

たとえば溶連菌。
保菌に対しては抗菌薬は不要で、健康な保育園児の12-20%は溶連菌を保菌しています。
発熱すらないような溶連菌感染症に抗菌薬が処方されていれば、ぜひ疑義照会してほしいです。

肺炎は確かに細菌性肺炎の可能性が上がります。
ですが、肺炎の診断に胸部X線は必須です。
聴診だけでは小児の気管支炎と肺炎は区別できません。
そして肺炎であっても、細菌性肺炎というには血液検査が必要です。
根拠に乏しい抗菌薬は疑義照会の対象です。

マイコプラズマの第一選択はマクロライドです。
味を理由にトスフロキサシンというのは不適切です。
服薬指導こそ薬剤師の本分です。
ぜひクラリスロマイシンの服薬指導を提案し、今回はトスフロキサシンで合意が形成されたとしても、今度はマクロライドの機会をもらいましょう。

中耳炎、副鼻腔炎は軽症では3日間の経過観察です。
そして中等症以上では高用量アモキシシリンです。
中途半端な量であれば疑義照会です。
添付文書上は上限量は記載されていませんが、通常は重症成人量の1日1500mgが上限だと考えます。

メイアクトやフロモックスといった処方には目を光らせましょう。
伝染性膿痂疹は第一世代セフェムもよく効きます。

こういう各論的知識が本書に詰め込まれています。
そして本書は小児科医用に書いていません。
小児科医にしか分からないような専門用語は使っていませんので、薬剤師の先生方にも分かりやすいと思います。

薬剤師にはドクターズドクターになって欲しい

疑義照会は、とても大変な労力が必要です。
もしかしたら疑義照会なんてしたくないと思われる薬剤師もいるかもしれません。

自分で自分の立ち位置決めちまったら そっから進めなくなるぞ?

アンサングシンデレラ

医師側も疑義照会を素直にありがたく受け入れるよう指導が必要だと思います。
少なくても私は後輩の指導に「疑義照会には丁寧に応じること。彼らは薬の専門家なのだから」と指導しています。

医師と薬剤師が目指しているところは同じです。
敵と味方になってはいけません。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。