小児科における意思決定の特殊性。Shared Decision-makingの問題点。

Shared Decision-makingという言葉を知っていますか?
共有意思決定と直訳されます。
すなわち、医師と患者が協力・対話しながら、健康増進のための方法を一緒に考えることです。

治療方針にいくつか選択肢があるとき、つまりスタンダードな治療がないときに、Shared Decision-makingは理想的な治療方針決定法だと言われています。

今回は、小児科におけるShared Decision-makingの特殊性について書きます。

パターナリズムとコンシューマリズム

パターナリズム。
父権主義、と訳されます。
強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することです。

たとえば親が子どもに「今の時代は公務員だ!ユーチューバ―などという不安定な仕事を目指さずに、安定した仕事に就くほうが、絶対にお前の幸せになる!」と介入することがパターナリズムです。

パターナリズムと逆の意味で、コンシューマリズムという言葉があります。
消費者主義、と訳されます。

上記の例では、「そうか、お前はユーチューバーになりたいのか。お父さんは止めないよ(本当はユーチューバーを目指して欲しくはないけれど、子どもの気持ちを尊重しよう)」と親が子どもに接することはコンシューマリズムと言えるでしょう。

EBMと患者中心主義

医師は医療の専門家です。
患者にとって、どの治療がもっとも適切であるかを判断する知識を持っています。
その知識がEBM、根拠に基づいた医療です。

治療Aより治療Bのほうが早く退院できたとか、後遺症や合併症が少なかったとか、そういう科学的根拠をEBMといいます。

医師がEBMに基づいて、最良の選択肢を患者に提供する。
これは一種のパターナリズムです。

いっぽうで、治療Aは飲み薬で、治療Bは注射薬だったとします。
患者さんは注射が苦手で、飲み薬で治したいと考えています。
患者さんは治療薬Bが注射薬だという時点で、それ以上の説明を聞くことを拒否しており、治療薬Bの有用性について説明を受けることなく治療薬Aを望んでいます。

「それじゃあ、Aにしましょう」と、治療薬BのEBMを説明することなく治療薬Aにするのがコンシューマリズムです。
コンシューマリズムは患者中心の医療ともいえます。

患者中心の医療、というと非常に耳触りが良いです。

ですが、上記の例には問題点があります。
患者さんが治療薬Bの優位性を知らずに、治療を選択をしている点です。

Shared Decision-making

Shared Decision-makingはEBMと患者中心主義の良いところを併せた考え方です。

医者は現在の医学で明らかになっている治療の正しさ(これを確実性といいます)を患者に提供します。
患者は自分にとってもっとも重視したい健康の要素を医者に提示します。

この2つの意思を共有して治療方針を決定することがShared Decision-makingです。

互いに「相手は何が重要だと考えているか」を理解しようとする姿勢が大切です。
医師は健康寿命を第一に考えているかもしれません。
患者は来月に予定されている孫の結婚式に行けることを第一に考えているかもしれません。

これは確実性が低い治療選択肢を示すときに特に重要です。
確実性が低い、というのは現在の医学で明らかになっている治療(医療)の正しさがそれほど高くないという意味です。
すなわち、「スタンダードとは言えない治療(医療)」をするかどうかを決めるときに役立ちます。

経口免疫療法という治療があります。
たとえば牛乳アレルギーの児に牛乳を飲ませ続けることで脱感作状態にし、その状態を維持することで牛乳アレルギーを寛解させようとする治療です。

この経口免疫療法は、現状の医学では「確実性が低い治療選択肢」です。
研究段階の治療であり、もちろんスタンダードではありません。
スタンダードな治療(医療)というのは、ほぼすべての患者にとってその治療法がもっとも有益であるという意味です。

確実性が低い選択をするとき、その不確実性を共有するのがShared Decision-makingです。

SDMの問題点とインフォームドコンセント

「Shared Decision-makingってすごい! 理想的!」

ここまで読むと、そう思うかもしれません。
ですが、Shared Decision-makingは行わないほうがいい場面もあります。

それは、確実性の高い治療(医療)が存在する場合です。
スタンダードな治療(医療)があるとき、Shared Decision-makingは一般的に不要です。

たとえば、結核感染。
多剤併用療法を提案する医師と、抗生剤治療を拒む自然派の両親とで意見が食い違ったとします。

このような場合、Shared Decision-makingは不適切です。
抗生剤治療を拒む保護者の姿勢は、子どもの生存の権利を大きく侵害しています。

Shared Decision-makingはどこが終着点になるのか医師にも患者にも分からないのが特徴です。
子どもの生存の権利を守るためには、抗生剤治療が否定される結論になっては決していけません。

このケースで行われるべきなのは、インフォームドコンセントです。
つまり、結核感染に対して自然派的経過観察をすることは非常に危険であり、非人道的であり(科学的ではない言葉ですが、ここでは人道に訴える選択はありだと私は思います)、抗菌薬治療で命を守る重要性を説明し、納得・同意頂くことを目指さなければなりません。

インフォームドコンセントでは、患者が医療の中心であることを認めつつも、選択される結論が医師によってある程度誘導されることを許容しています。

小児科におけるSDMの特殊性

ここで1つの論文を紹介します。

A Push for Progress With Shared Decision-making in Pediatrics(Pediatrics February 2017, VOLUME 139)

ここに、小児におけるShared Decision-makingの考え方が書かれています。
先ほどの結核感染も「Shared Decision-makingすべきではないケース」として書かれています。

では、予防接種はどうでしょうか。

たとえば自然派の親が、子どもに対する予防接種を拒否したとします。
予防接種の有益性は高く、確実性が高い医療です。
予防接種を受けられない子どもは不利益を被ります。

先ほどの結核感染と同じように、このようなケースはインフォームドコンセントが正しいのでしょうか?

Interestingly, current recommendations for communicating with parents about immunizations favor a SDM approach. Motivational interviewing, a patient-centered communication framework similar to SDM in its emphasis on collaboration and patient autonomy, has also been encouraged.

A Push for Progress With Shared Decision-making in Pediatrics

興味深いことに、予防接種の拒否についてはShared Decision-makingをすべきであるとされています。
動機付け面接を行い、親の自発性を引き出すことが大切です。

これこそ、小児のSDMの特殊性です。

子どもを育てるということは、説明され、同意して行われることではありません。
親が子どもを育てようとする自発性が大切です。

また、幼少の子どもの場合、医師決定に参画するのが患者本人ではなく、親であるという点も特殊です。
親が子どもの代理として意思決定に臨むからこそ、親の自発性は非常に大切です。
親の自発性は、コンプライアンスの上昇につながり、質の高い医療を継続できるようになります。

小児科においてインフォームドコンセントがなされるのは、スタンダードな医療を選択しないと子どもに直接的な生命の危険が及ぶ場合においてです。
先ほどの結核感染の例もそうですし、ブラックジャックによろしくでは腸閉塞の子どもに対して手術を拒否する親の例もありました。
コウノドリでも、動脈管開存症の赤ちゃんの手術を拒否する親がいました。

このような、子どもに直接的な生命の危険がある場合を除いて、小児科ではShared Decision-makingが基本です。

まとめ

Shared Decision-makingは医師と患者が協力して治療方針を決定する方法です。
一般的に、不確定性の強い治療を行うべきかどうかにおいてShared Decision-makingは有効です。

ですが、小児科においてはスタンダードな治療が拒否された場合でも、Shared Decision-makingを行うべきです。
それは、親が子どもを育てる自発性を引き出すためです。