IgA血管炎(Henoch-Schonlein紫斑病)で考える疾患の名称。

「おまえは……誰だ……?
俺はどうしてここに来た?
あいつに、あいつに会うために来た。助けるために来た。生きていて欲しかった。
誰だ、誰、誰に会いに来た?
大事な人、忘れたくない人、忘れちゃいけない人……!
誰なんだ……名前は……!」

君の名は。

唐突ですが、名前って大事です。
もうすぐ生まれる次男の名前に苦労しているという話ではありません。
その事柄をもっとも最初に象徴的に示すのが名前だからです。

ハトは平和の象徴かもしれませんが、平和という事柄をもっとも最初に象徴的に示すのは「平和」という名前そのものです。
棘や角がなくて、穏やかな様子を「平和」という文字は象徴しています。

これはカッシーラーという哲学者の言葉ですが、人間は象徴を使って世界を理解します。
名前は象徴の一要素だと私は思います。
「名は体を表す」という言葉がありますが、人間は名前で世界を理解するといってもよさそうです。

前置きが長くなってきましたが、今日は血管炎の名前について考えてみます。

子どもにみられる血管炎

血管炎というのは文字通り血管に炎症が起きる病気です。
どこの血管がターゲットになるか、どのような症状を引き起こすかで、血管炎は分類されます。

それぞれの分類には名前がついています。
ネルソン小児科学第19版では以下の分類がされています。

  • 高安動脈炎
  • 小児結節性多発動脈炎
  • 皮膚結節性多発動脈炎
  • 川崎病
  • Wegener肉芽腫
  • Churg-Strauss症候群
  • 顕微鏡的多発血管炎
  • Henoch-Schonlein紫斑病
  • 孤立性皮膚白血球破砕性血管炎
  • 低補体血症性じんましん性血管炎
  • ベーチェット病
  • 過敏性血管炎などの感染に続発する血管炎
  • 結合組織疾患にかかわる血管炎
  • 中枢神経系の孤立性血管炎
  • Cogan症候群
  • 分類不能

いろいろな名前がありますね。
川崎先生や高安先生など、日本人名前を冠した血管炎もあります。
Wegener肉芽腫はドイツのウェゲナー医師で、Churg-Strauss症候群はポーランド出身のチャーグ医師とストラウス医師、Henoch-Schonlein紫斑病はドイツのヘノッホ医師とシェーンライン医師、ベーチェット病はトルコのベーチェット医師、Cogan症候群はアメリカのコーガン医師によって命名されました。

先ほど挙げた15種類の血管炎(分類不能を除く)の約半数が「人の名前を冠した疾患」です。

Chapel Hill Consensus Conference(CHCC)

血管炎の分類は、人の名前を冠しているものが多くありました。
人の名前を冠するというのは、その発見者に対する敬意という面もあるとは思うのですが、その疾患の病因や病態が不明であったために、発見者の名前をつけざるをえなかったという側面もあるでしょう。

病因や病態が解明されるにつれ、「名は体を表す」にふさわしい名前に変更された病気もあります。

原発性血管炎を罹患血管サイズにより大型血管、中型血管、小型血管の3つのカテゴリーに分類しChapel Hill Consensus Conference(CHCC)という分類があります。

1994年に掲載されたCHCCは2013年に大幅に改定され、現在は「CHCC2012」が血管炎の分類として有名です。

CHCC2012では、人の名前を冠した疾患のいくつかが変更されました。

  • Wegener肉芽腫
    →多発血管炎性肉芽腫症、Microscopic polyangiitis(MPA)
  • Churg-Strauss症候群
    →好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、Granulomatosis with polyangiitis(GPA)
  • Henoch-Schonlein紫斑病
    →IgA血管炎、IgA vasculitis(IgAV)

7つあった人名の血管炎も、そのうちの3つが名前を変えられてしまいました。

この変更で、小児科医にもっとも大きく影響したのは、Henoch-Schonlein紫斑病がIgA血管炎に変わったことでしょう。
(アレルギー専門医を目指すのであれば、多発血管炎性肉芽腫症や好酸球性多発血管炎性肉芽腫症も大切ですが)

IgA血管炎

IgA血管炎は川崎病についで、小児期で頻度の高い血管炎です。
蛍光免疫法であらゆる組織の小血管壁にIgAが沈着することが知られています。

病因・病態が解明されるまでは、発見者の名前から「Henoch-Schonlein紫斑病」と呼ばれていました。

また何らかのアレルギー的機序が原因であることは当初から言われており、「アレルギー性紫斑病」という呼ばれ方もしました。

また紫斑の原因が血管の炎症によることも分かっていたので「血管性紫斑病」という言われ方もしました。

つまりこの疾患には5つの名前があります。

  • IgA血管炎
  • Henoch-Schonlein紫斑病
  • アレルギー性紫斑病
  • アナフィラクトイド紫斑病
  • 血管性紫斑病

さらに言うなら、発見者の名前の順番を逆にする人もいました。
「Schonlein-Henoch紫斑病」です。

私が学生の頃や、研修医の頃はHenoch-Schonlein紫斑病という名前がもっとも頻用されました。
略してHSPと言って、血球貪食症候群のHPSと間違いやすかったのもいい思い出です。

ですが、CHCC2012でIgA血管炎と名称が変更され、Henoch-Schonlein紫斑病という呼び方はだんだんとされなくなるでしょう。
IgA血管炎がドイツのヘノッホ医師とシェーンライン医師によって提唱されたということは、医者の記憶から消えていくことになります。

(ただし、2017年6月現在、医学中央雑誌でここ5年の「Henoch-Schonlein紫斑病」とついた論文を探すと結構な数がヒットしますので、根強いHenoch-Schonleinファンがいるようです)

川崎病と高安動脈炎はどうなるか

日本人の名前を冠した川崎病と高安動脈炎は、いつまでその名前を維持できるのでしょうか。

川崎病も高安動脈炎も、原因や病態の解明が待ち望まれています。
川崎病と高安動脈炎の病因・病態が明らかになれば「名は体を表す」名前に変更されるかもしれません。

もちろん、名前が変わってしまっても、川崎先生や高安先生の功績が失われるわけではありません。

ですが、特に川崎病に関しては、診断に際しての川崎富作先生の真摯で謙虚な臨床的姿勢を含めて川崎病だと思っています。
もはや、川崎病の象徴は川崎先生の臨床的姿勢と同化していると私は感じています。
川崎の文字がなくなってしまっては、川崎病は象徴を失い、本質が揺らいでしまうような気がします。

「湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ」

千と千尋の神隠し

繰り返しになりますが、名前って大事です。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。