乳児血管腫の治療法。プロプラノロールの適応と17の注意点。

上の画像は第105回医師国家試験の乳児血管腫に関する問題から使用しました。

小児科では、「アザ(母斑)」についてとてもよく相談されます。

生まれたばかりの赤ちゃんを診察する新生児回診では、まぶたや額にできる「サーモンパッチ疹」や、首の後ろにできる「ウンナ母斑」をとてもよく見かけます。
新生児の20~30%には「サーモンパッチ疹」か「ウンナ母斑」があるようです。
私の体感的にもそんな感じで、これらのアザを見ない日はありません。

「単純性血管腫(ポートワイン母斑)」という赤いアザや、「色素性母斑」という黒いアザも、新生児回診で比較的多く見かけます。

ごくまれですが、「スタージ・ウェーバー症候群」や「クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群」を見たことがあります。
小児科では超有名な「カサバッハ・メリット症候群」は幸いにも診たことがありません。

新生児回診では見かけないのに、1か月健診でよく診る「アザ」は「乳児血管腫」です。
「いちご状血管腫」とも言って、典型的にはイチゴを半分に切って皮膚に貼りつけたような形をしています。

小児科医は「アザ」についてお腹がいっぱいになるほど相談を受け、夢にまで出てくるくらい多くの「アザ」を診察しています。
しかし、「アザ」の診療の主役は、残念なことに小児科ではありません。

「アザ」の診療は、多くが形成外科か皮膚科がメインです。
小児科は、ただ最初に気づく人、という位置づけです。

小児科医はコンサルトの多い科です。
最初に気づいて、適切な診療科に紹介するのも小児科の仕事です。
小児科が何でも診た上で、上手にコンサルトすることは前回の記事に書きました。

ですが、小児科医もときには治療の主役になりたいと思うことがあります。
腸重積の整復で血が騒ぐのは、私だけではないと思います。
自分で診断して、自分で治療したときの達成感は格別です。

そんな小児科医のために、ついに小児科医でも使える治療薬が誕生しました。
その名も、ヘマンジオルシロップです。
ヘマンジオーマ(血管腫)がナオルという意味なのでしょうか。

この薬は、プロプラノロールという小児科では使い慣れた薬です。
不整脈や起立性調節障害などで処方する機会は比較的あります。

これが、2016年7月に承認を受け、小児科医は処方できるようになりました。
乳児血管腫(いちご状血管腫)は小児科で治療できる疾患となったのです。

私も自分の子どもが乳児血管腫だったので、乳児血管腫に治療薬ができたというのはすごく嬉しいニュースです。

今日は、m3.comのwebセミナーで「乳児血管腫セミナー2017」で勉強したので、そのことを記事にします。

乳児血管腫(いちご状血管腫)について

日本での有症率は1.7%です。

明石医療センターでは年間1000人の赤ちゃんが生まれていますので、年間17人の苺状血管腫の赤ちゃんが生まれていることになります。

今でこそ当院の小児科医の数も増えて、新生児回診は小児科医で分担するようになりましたが、私が当初赴任したときは、新生児回診はすべて私の仕事でした。
私は年間生まれる1000人の赤ちゃん全てを自分で診ていました。

それでも、生まれたばかりの赤ちゃんで乳児血管腫を見たことはありません。

乳児血管腫は、典型的には生後1週間から4週間で、赤く盛り上がっていきます。

生まれたときからすでに赤い乳児血管腫も存在はするそうですが、稀です。
生まれたときからすでに赤い血管腫は、「先天性血管腫」という別の疾患を疑ったほうがよいでしょう。
(先天性血管腫にはヘマンジオルが効きません)

乳児血管腫(いちご状血管腫)の経過

基本的に、自然軽快する予後良好な病気です。
1歳を過ぎると徐々に病変が消えていき、90%以上は5~7歳までに自然に消えます。

ただし、50%の症例で、血管の拡張や、皮膚の萎縮、色素沈着または脱色が残ることもあります。

私の子どもは背中に2.5cm大の局面型の乳児血管腫がありました。
1歳の誕生日のときが一番大きく盛り上がっていました。
3歳あたりから血管腫の中央の色素が抜け落ちていき、4歳のときにはきれいに消えました。

乳児血管腫(いちご状血管腫)の治療

ヘマンジオルが承認されるまでは、経過観察かレーザー治療でした。
レーザーは形成外科や皮膚科の先生ならできますが、小児科では扱えません。

現在は治療の選択肢として、ヘマンジオルという飲み薬があります。
私は小児科医としての立場ですので、このヘマンジオルについて詳しく書きます。

ヘマンジオルシロップ(プロプラノロール)の絶対適応

ヘマンジオルが強く推奨される子どもは以下になります。
(参考:ヘマンジオルシロップの適正使用ガイド)

  • 内臓、声門部、気道、眼瞼、眼窩内に生じた乳児血管腫
  • 潰瘍を形成した乳児血管腫
  • 顔面の広範な乳児血管腫
  • 増殖が急激な乳児血管腫

生命や視力などに影響しそうな乳児血管腫は、経過観察してはいけません。
すぐに入院の上、治療しましょう。

潰瘍形成は、そこから細菌感染するかもしれません。
はやく治療したほうがいいでしょう。

顔面は痕が残るとかわいそうです。
治療によって、痕を残りにくくできます。
増殖が急な場合も、治療により消退を望めます。

ヘマンジオルシロップ(プロプラノロール)の相対適応

場合によっては治療してもいいかな、というケースです。

  • 腫瘤型の乳児血管腫
  • 露出部にある乳児血管腫

腫瘤型は局面型に比べて治りにくいので、治療を考慮してもいいでしょう。
露出部は、顔であれば絶対適応ですが、顔じゃなくても手や前腕であれば相対適応があります。

国内外の臨床試験では、血管腫の大きさが1.5cm以上の場合で検討されています。
腕や手にあっても、1.5cm以下で局面型の小さな血管腫であれば、それほど大きな痕も残らないしょうから、積極的に治療する必要はありません。
(親の意向と、リスクとをてんびんにかけましょう)

ヘマンジオルシロップ(プロプラノロール)の適応とならないケース

  • 服で隠れる場所の局面型の乳児血管腫
  • すでに退縮期に入った乳児血管腫

退縮期とは、血管腫の大きさがピークを迎えた以降を指します。
おおむね1歳以降で退縮期となります。

退縮期の乳児血管腫にもヘマンジオルは少しは効くようですが、その効果は限定的なようです。

私の子どもの場合

私の子どもは、背中の乳児血管腫で、2.5cm大の局面型でした。
服を着れば見えない場所でしたので、ヘマンジオルシロップの相対適応にすらなりません。
経過観察にしました。
(その結果、4歳できれいに治っています)

ヘマンジオルシロップ(プロプラノロール)の17の注意点

その他、WEBセミナーで特に印象に残ったことを書いておきます。

  1. 禁忌と慎重投与の項目を確認しましょう。
  2. 事前の心電図検査は必須です。
  3. 成育医療センターでは心エコー検査も必須としています。
  4. 潰瘍のある乳児血管腫はヘマンジオルの絶対適応であり、かつ慎重投与でもあります。高K血症に注意し、時々採血しなければなりません。(採血間隔については、アドバイスできません)
  5. 下痢の副作用が多いです。国外で5.3%、国内で12.5%に見られました。脱水を起こすような下痢ならヘマンジオル中止もやむを得ません。軽度の下痢なら少し様子見、少し重症な下痢なら減量して様子見などがよいようです。
  6. 体重増加に伴って、服薬量は調節しましょう。
  7. 乳児血管腫は、普通は命を奪うような病気ではありません。美容面でヘマンジオルを導入するなら、安全面を第一に考えましょう。
  8. 低血糖を起こすことがあるので、食後に内服しましょう。胃腸炎などで食事が取れない時は、ヘマンジオルはいったん中止しましょう。
  9. 薬を吐きだしたら追加投与は不要です。安全面を第一に考えましょう。
  10. RSウイルスなどでぜーぜーしてるときも、ヘマンジオルはいったん中止です。
  11. 効果がある症例では、ヘマンジオルを開始して数日で色素が少し薄くなるように感じます。
  12. 投与から24週間後で約80%にヘマンジオルの有効性が確認されました。まだ治っている過程であるならば、24週間以降もヘマンジオルを継続して問題ありません。
  13. 乳児血管腫がよくなったと思ってヘマンジオルを終了させても、30%で再燃を認めます。そのときはまたヘマンジオルを再開しましょう。再燃させないために、漸減終了させるという方法をとっている施設もあります。
  14. 効きが悪くて痕が残りそうなときはレーザーと併用します。小児科だけで抱え込まず、形成外科や皮膚科にも相談しましょう。
  15. 低出生体重児で生後5週以内であっても、命に関わるような場所に血管腫がある場合は、ヘマンジオルが考慮されます。リスクとメリットをてんびんにかけて慎重に投与します。
  16. クリニカルパスが有効です。小児科、循環器科、形成外科、皮膚科などいろいろな科が参加するなら、クリニカルパスをぜひ作りましょう。
  17. 新しい薬ですので、現時点(2017年3月)では2週間までしか処方できません。遠方からの受診であれば、処方だけは近医にお願いし、フォローは基幹病院で行うという方針の施設もあります。

まとめ

アレルギーを専門的に診療していると、普段の外来でも皮膚ばかり診ていますし、同僚からも皮膚のことをたくさん相談されます。
その過程で、「アザ」についてもよく聞かれます。

またヘマンジオルシロップのメーカーはマルホで、アトピー性皮膚炎の診療に欠かせないヒルドイドやボアラのメーカーでもあります。

そういう意味で、ヘマンジオルシロップは、小児循環器科のカテゴリーのようで、小児アレルギー科にも縁があるように思います。

今まで「アザ」は小児科では診られませんとしか言えませんでしたし、現状もほとんどの「アザ」に対して小児科は無力なのですが、それでも一つ大きな武器を手に入れたましたので、もっともっと「アザ」に関わっていきたいです。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。