「宮崎先生も満点で国試合格したわけじゃないんでしょ?」
「8割取りました」
「2割誤診したって胸張られてもな」フラジャイル1巻
医師が医療系漫画を読むと、あまりに現場と乖離したストーリーに失笑することがあります。
学校の教師がGTOを読む感覚に近いかもしれませんが、私は学校の先生に友達がいないので分かりません。
ですが、フラジャイルは良い漫画です。
物語でありつつも現場の苦労に沿った素敵な展開に胸が熱くなります。
岸先生、かっこいいです。
さて、フラジャイルにも出てきたことですが、医師国家試験は満点を取らなくても合格できます。
必修問題は80%、必修以外の問題は65-70%ほどの得点率で合格できます。
(必修以外の問題は毎年合格基準が違います)
医師国家試験は近年実臨床に根差した傾向が見られます。
第111回の国家試験を解いてみた感想として「実際の臨床現場に役立つ良問が多いな」と感想を持ちました。
実際の医療現場で求められる知識を問う試験で、2割間違えるということは、漫画の中でも苦言があったように、彼らは「2割誤診する」といってよいのでしょうか。
今回は医師国家試験と実際の臨床の現場で異なる点を書きます。
記憶は危険
実際の臨床では、暗記しておかなければならない知識はそう多くありません。
調べられるものを、いちいち覚えておく必要などない。
アルベルト・アインシュタイン
暗記はむしろ危険性すらはらんでいます。
なぜなら、記憶は必ず記憶違いを起こすからです。
うろ覚えの記憶に頼って診断・治療をすべきではありません。
アメリカ心臓協会のPALS講習でも、プロバイダーはポケットリファレンスを常に確認しながら指示を出します。
指示を受ける方も、その指示が本当に正しいか、ポケットリファレンスで確認します。
自分の記憶に頼ってアドレナリンやアミオダロンの量は指示したり投与したりしません。
いっぽう、医師国家試験の最中にポケットリファレンスを見ることは許されません。
実際はフローチャートやアルゴリズムに従って診断・治療をすればいいだけの問題を、自分の記憶に頼って解かなければならないのです。
第112回医師国家試験 D38
出生直後の新生児。緊急帝王切開で出生した。心拍数60回/分。出生時から自発呼吸がなく、全身にチアノーゼを認める。刺激しても反応がなく、全身がだらりとしている。娩出後30秒の時点で自発呼吸がない。(一部省略)
この時点で開始する処置として適切なのはどれか。a. 胸骨圧迫
b. 静脈路確保
c. 足底および背部刺激
d. バッグバルブマスク換気
e. CPAP
もちろんこれは、バッグバルブマスク換気が答えです。
新生児蘇生アルゴリズム表を覚えていれば解ける問題です。
ですが大事なのは、アルゴリズム表を覚えておくことでしょうか?
赤ちゃんを蘇生するとき、蘇生スペースにアルゴリズム表を貼っておくことができます。
当院では少なくてもアルゴリズム表を貼っています。
私は新生児蘇生のインストラクターなので、夢の中でも赤ちゃんの蘇生をしていますが、そうでない人はアルゴリズム表を見ながら正しい処置ができればいいのではないでしょうか。
少なくても、うろ覚えの知識に頼った蘇生よりは良い結果を生むでしょう。
カンファレンスがある
医師国家試験は試験中に誰にも相談できません。
実際は、医師が治療方針を決めるとき、上司・同僚・放射線医や病理医など他科の医師・看護師などいろいろな人に相談できます。
その上で、最良の選択を見つけます。
国家試験は、誰にも相談せずに自分で答えを見つける能力を問われます。
それ自体は大事なことです。
ですが、実際の現場で大切なのは、うまく人に相談する能力かもしれません。
三人寄れば文殊の知恵、というのは私はとてもステキな慣用句だと思います。
最終的に判断するのは主治医です。
ですが、判断に至るまでの過程は色々な角度からの意見を収集すべきでしょう。
そのためにカンファレンスがあります。
医師に求められるのはカンファレンスを有意義に使える能力です。
それは医師国家試験では推し量れません。
分からないことは誤診ではない
与えられた情報と、自分の能力だけでは診断に至らないことがあります。
それを「分からない」と考えるのは誤診ではありません。
「分からない」は次のステップに移るために必要な認識です。
分かるために必要な教科書、論文などを調べます。
それでも分からなければ、分かりそうな人を探し、そこに紹介します。
それで正解だと思います。
誤診は「分かっていないのに分かったつもりになっていること」です。
医師国家試験では「分からない」という選択ができません。
分からない場合は、「分からないけれど、この選択肢の中だったら、これが一番妥当かな」と思って選択します。
これが間違いだったからといって、「誤診」というのは乱暴だと思います。
それが最良の選択なのか
医療は時として二律背反します。
帝王切開のタイミングは早ければ早い方が母体には安全ですが、胎児には危険になるかもしれません。
第112回医師国家試験 B30
31歳の1回経産婦。妊娠32週1日。性器出血を主訴に来院した。10日ほど前にも同様の性器出血があり、3日間の自宅安静で軽快したという。本日自宅で夕食作りをしてたとき、突然性器出血があり、慌てて受診した。来院時ナプキンに付着した血液は50mlだった、膣鏡診で計250mlの血液および凝血塊を確認し、子宮口から血液流出が続いているのが観察された。(問題文の一部省略)
エコー所見は全前置胎盤。
対応として正しいのはどれか。a. 帝王切開を行う。
b. 子宮頚管縫縮術を行う。
c. 翌日の受診を指示し帰宅させる。
d. β2刺激薬の点滴静注を開始する。
e. オキシトシンの点滴静注を開始する。
母親は非常に危険は状態です。
早期に分娩を終了させなければなりません。
幸いにも児は32週で、すぐにNICUで治療すればほぼ間違いなく問題ないでしょう。
私はaが答えだと思います。
いっぽうでdは子宮の収縮をおさえる選択肢です。
時間稼ぎをし、その間にステロイドを投与して児の肺成熟を促したり、帝王切開のために人手を集めたりします。
今回の状況で私はdをおすすめできません。
ですが、もし母親が「私の命はどうなってもいい。子どもが少しでも状態よく生まれる可能性があるのなら、その処置を優先させてほしいです」と言ってきたらどうしましょうか。
それでも、この状況下では答えは変わらないかもしれません。
では、もう少し出血量が少なくて、まだ妊娠27週だったらどうでしょうか。
何が最良の選択なのか。
それは患者さん一人一人の価値観によって変わります。
医者の価値感によっても。
それを○と×で区別する試験は、場合によっては無理を強いているのです。
まとめ
実際の現場には、様々なリソースが存在します。
それは本であったり、人であったりします。
調べたり、相談したりして、最良の方法を考えます。
医師国家試験で80%の得点率だった医師が、現場で20%誤診することはありません。
誤診とは「分かっていないのに、分かったつもりでいること」です。
そのような失敗は、おそらくそう多くはないでしょう。
宮崎先生のように、8割正答できる医学生は優秀な部類です。
十分な知識を持って4月から研修医生活をスタートできます。