産科医療補償制度を知っていますか?
分娩に関連して発症した重度の脳性まひのお子さんとご家族の経済的負担を補償する制度です。
2017年7月時点で、分娩機関数3259のうち、産科医療補償制度に加入している機関は3256になります。
したがって、日本で生まれるほぼ全ての赤ちゃんは産科医療補償制度を受ける権利があるといえます。
今回は産科医療補償制度に対して私が感じていることを書きます。
産科医療補償制度の運営状況
2009年、私が医師になった年から産科医療補償制度は始まりました。
2017年7月時点で2784件の審査がされ、そのうち2094件が補償の対象となっています。
産科医療補償制度の補償対象
日本医療機能評価機構の産科医療補償制度というサイトに詳しく書かれています。
2015年1月1日から制度が少し変わったため、改訂前後で補償対象基準が異なります。
産科医療補償制度は満5歳になる日までしか申請できないため、2020年からはすべて改訂後の基準に統一されます。
改訂後の補償対象と認定される基準は次の3つです。
- 在胎週数32週以上かつ出生体重1400g以上。
または在胎週数28週以上で低酸素状況を示す所定の要件を満たして出生した。
(所定の要件とは、臍帯動脈血pH値が7.1未満、または常位胎盤早期剥離、臍帯脱出、子宮破裂、子癇、胎児母体間輸血症候群、前置胎盤からの出血、急激に発症した双胎間輸血症候群等によって次のイからチまでのいずれかの所見が認められる場合。イ:突発性で持続する徐脈。ロ:子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈。ハ:子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈。二:心拍数基線細変動の消失。ホ:心拍数基線細変動の減少を伴った高度徐脈。ヘ:サイナソイダルパターン。ト:アプガースコア1分値が3点以下。チ:生後1時間以内の児の血液ガスpH値が7.0未満。) - 先天性や新生児期等の要因によらない脳性麻痺である。
(児が生後6ヵ月未満で死亡した場合は、補償対象としていない) - 身体障害者手帳1・2級相当の脳性麻痺である。
産科医療補償制度は「分娩に関連して発症した重度の脳性まひの児」を経済的に補償する制度です。
「分娩に関連して発症した重度の脳性まひの児」を見分けるために、上記の3つの基準があります。
そこには、医療ミスがあったかどうかは関係しません。
新生児仮死があったかどうかも関係しません。
医療ミスがなくても、新生児仮死がなくても、上記の3つの基準さえ満たせば補償を受けることができます。
補償対象に関する参考事例
産科医療補償制度の認定基準はとてもシンプルで具体的です。
それでも個別の事案で「これって補償の対象にならないの?」と感じることがあります。
- 在胎31週で、胎児徐脈のため超緊急帝王切開で生まれ、臍帯血液ガスを採取できず、また胎児徐脈の原因も明らかにできなかった場合、基準の①を満たせないのかどうかは判断が必要です。
- 21トリソミーや横隔膜ヘルニアは先天性の疾患ではありますが、それらと併せて常位胎盤早期剥離や前置胎盤からの出血があって重症新生児仮死で生まれた場合、基準②に該当するのかどうか判断が必要になります。
- サイトメガロウイルスやトキソプラズマ、風疹ウイルス感染による脳の形態異常が、先天性なのか後天性なのかは判断が必要になります。
- 新生児ヘルペスやGBS感染症は新生児期の要因なのか、分娩時の問題なのか判断が必要になります。
- 正常新生児が日齢4で呼吸停止した場合と、日齢20で呼吸停止した場合とでは、呼吸停止の原因が分娩と関係があったかなかったかの判断が異なるかもしれません。
以上の判断は「補償対象に関する参考事例集」に書かれていますが、個別の事案でケースが微妙に異なるため、判断も個別ごとになされます。
本当に微妙な裁量が、判断を大きく分けることになりえます。
補償対象に感じること
脳性まひの子どもを中心に考えると、その原因の発生時期によって、補償が受けられる場合と受けられない場合があります。
補償を受けている子どもと、受けていない子どもが、同じ環境で共存していくことになります。
補償は全額で3000万円です。
あるとないとでは大きく違います。
ここから書くことは、個人的な考えです。
異なる考え方はあっていいと思いますし、否定しようとは思いません。
産科医療補償制度の目的が、産科医を守ることであるのなら、分娩時トラブルに焦点を当てた補償制度はとても理に適っていると思います。
ですが、支援が必要な子どもの立場から考えれば、その原因が先天的なのか分娩時なのか出生後なのかは関係ないように思います。
補償対象基準のうちの①と②がなくなり、身体障害者すべてに対して補償できる制度になればいいのにと考えてしまいます。
まとめ
産科医療補償制度について考えてみました。
脳性まひの子どもを介護する家族に接することが多い小児科医として、補償を必要とするすべての人に補償されてほしいという想いがあります。
これは私だけでなく、多くの周産期医療スタッフが共感してくれることだと思います。
産科医療補償制度はその一歩であり、これが制度のゴールではないことを願います。