2017年8月14日追記。
気管挿管後の胸骨圧迫について追記しました。
新生児蘇生法講習会(NCPR)を実施していると、しばしば同じことを質問されます。
NCPRは日本周産期・新生児医学会公認の講習会であり、私個人の経験や知識を伝える場ではありません。
ですから質問に対する答えは次の2通りになります。
- 「新生児蘇生法テキスト(またはJRC蘇生ガイドライン2015第4章)にはこのように書いてあります」
- 「テキストには書かれていない内容です(または、テキストには推奨も否定もされていない内容です)。参考までに、私だったらこうしますが、施設によって様々な方法があり、一概にどれが正しいとは言えません」
JRC蘇生ガイドライン2015というのは、JRC(日本蘇生協議会)が作成したガイドラインです。
基本的な心肺蘇生法であるBLS(第一章)や、成人の二次救命処置(第二章)、小児の二次救命処置(第三章)などについて書かれています。
NCPRはJRC蘇生ガイドライン2015の第四章に該当します。
このJRC蘇生ガイドライン2015に基づいて蘇生の手順を分かりやすく説明しているのが「新生児蘇生法テキスト」です。
「新生児蘇生法テキスト」で推奨されている行為は、JRC蘇生ガイドライン2015で推奨されている行為と同一です。
ですからNCPRに関して質問を受けたとき、私は「新生児蘇生法テキスト」または「JRC蘇生ガイドライン2015」に準じて答えるようにしています。
今回は、NCPRでよく聞かれる質問について書きます。
このページの目次です。
努力呼吸の持続
質問「在胎39週、力強く泣いており、筋緊張も良好だったので、ルーチンケアとしました。生後2分頃から鼻翼呼吸、陥没呼吸が出てきたのですが、どうすればいいですか?」
答え「NCPRのアルゴリズム表は、ルーチンケアや蘇生後のケアで児の状態が悪化したときの対応については記載されていません。ですが、もし状態が悪化した場合においてはアルゴリズム表の初期処置から再スタートすることが適切でしょう」
NCPRのアルゴリズム表は、赤ちゃんが生まれた瞬間から始まります。
ですので、あとからだんだんと児の状態が悪くなったときに、どうすればいいのか分かりにくいです。
こうした場合、新生児蘇生法インストラクターマニュアルでは初期処置から再開しています。
出生後に呼吸障害が遷延する児に対して、どこまでNCPRの範疇とするかは定義されていないが、継続的に評価と介入が必要な児であることを認識きることが重要である。
新生児蘇生法インストラクターマニュアル第4版 p88
NCPRを応用することで、分娩室や新生児室、NICUでの赤ちゃんの急変にも使えます。
分娩室、新生児室とNICU入院中の修正月齢1か月未満児の蘇生は、新生児蘇生法に則って行う。
新生児蘇生法テキスト第3版 p42
上記の例では、初期処置として気道開通や体位保持をしっかりとした上で、脈拍と呼吸を確認し、SpO2モニターの装着を検討します。
おそらく心拍は100以上で、呼吸もしっかりあるでしょうから、安定化の処置に進み、中心性チアノーゼがなく、陥没呼吸と鼻翼呼吸のみが続くなら、蘇生後のケアに進みます。
蘇生後のケアでは「努力呼吸のみが続く場合」に該当しますから、原因を考えつつCPAPが検討されるでしょう。
数分のCPAPで改善するならそれでよいですが、改善しない場合は小児科入院となるはずです。
在胎35週の人工呼吸
質問「在胎35週に対し酸素30%で人工呼吸を開始してもいいですか?」
答え「在胎35週であるなら、空気(酸素21%)で人工呼吸を開始することが推奨されています」
正期産児や正期産に近い児(35週以上)では空気で人工呼吸を開始する。
新生児蘇生法テキスト第3版 p58
ちなみに、35週未満の早産児に人工呼吸をする場合は、低濃度酸素(21-30%)が推奨されています。
在胎32週の人工呼吸
質問「在胎32週に人工呼吸するときの酸素は21%と30%どちらがいいですか?」
答え「21%で開始するのがいいのか、30%で開始するのがいいのかは新生児テキストには書かれていない内容です。参考までに、私であれば徐脈(心拍数60未満)を伴っているのかどうかを判断の一材料にします」
NCPR2015では過剰な酸素曝露を回避するために、35週未満の早産児においても低濃度酸素(21-30%)を用いて人工呼吸を開始することが推奨された。
新生児蘇生法テキスト第3版 p61
21%で開始するのがいいのか、30%で開始するのがいいのかは新生児テキストには書かれていない内容です。
施設間で協議し、決定して下さい。
流量膨張式バッグとTピース
質問「流量膨張式バッグとTピースはどちらが優れていますか?」
答え「どちらも有効です。施設で使い慣れている装置を使えばよいでしょう」
Tピース蘇生装置がバッグ換気に対して優れていることを支持あるいは否定する臨床研究はなく、新生児蘇生にはどちらの器具を使用してもよい。
新生児蘇生法テキスト第3版 p64
流量膨張式バッグとTピース、いずれも酸素投与、CPAP、人工呼吸が実施できる優れた装置です。
無効な人工呼吸に気づいた場合
質問「心拍60未満で人工呼吸を開始しましたが、有効な換気ができないまま30秒経過してしまいました。相変わらず心拍は60未満です。胸骨圧迫に進んだ方がいいですか?」
答え「胸骨圧迫のステップには進まず、まずは有効な人工呼吸を行いましょう。有効な人工呼吸を30秒行っても心拍が60未満である場合に、胸骨圧迫のステップに進んでください」
有効な換気ができていなければ次のステップに進んでも心拍の改善は見込めない。
新生児蘇生法テキスト第3版 p27
有効な人工呼吸ができているかどうか確認するポイントは、新生児蘇生法テキストp71に書かれている3点です。
- 胸郭の上がり
- 心拍の変化
- 機器での変化(呼気CO2検出器)
ただし、③については気管挿管を行っているときに有効な確認ポイントです。
また②に関しては、心拍に改善や悪化などの変化があれば有効な換気の目安になりますが、「ずっと心拍60未満のまま」というように変化がない場合は換気の確認ポイントとして有効となりえません。
したがって、テキストには書かれていませんが、有効な人工呼吸として最も汎用性の高い確認ポイントが「胸郭の上がり」であることは自明でしょう。
マスク密着、赤ちゃんの姿勢を確認し、口腔内や鼻腔を吸引し、バッグを強く加圧して、それでも胸郭が上がらないのであれば気管挿管を考慮しましょう。
胸骨圧迫時の酸素
質問「胸骨圧迫をするとき、酸素はいくらまで上げればいいですか?」
答え「NCPR2010では80%以上としました。NCPR2015では酸素濃度についての明確な基準はなくなりました。ただし、必ず酸素投与を行ってください。参考までに、私の場合は胸骨圧迫時やその後の薬剤投与時において酸素を漸増させる人的余裕がないため、胸骨圧迫時には酸素を80%にまで増やします」
胸骨圧迫開始時には投与酸素濃度を上昇させる。この際の酸素濃度については明確な基準はないが、心拍・皮膚色、SpO2値の評価に応じて順次高濃度酸素(80-100%)に向けて増量する。
新生児蘇生法テキスト第3版 p79
ただ、胸骨圧迫を開始するという時点で、心拍は60未満であり、有効な循環がないために皮膚色はチアノーゼ色で、循環が乏しいためにSpO2は測定できないことが多いという私の経験を伝えておきます。
胸骨圧迫時に酸素をどこまで上げるかについてはもちろん大切ですが、心拍再開後はSpO2を見ながら酸素濃度を速やかに下げていくことも大切であると認識してください。
心電図モニタの検討
質問「人工呼吸をするとき、心電図モニタ装着を検討とありますが、つけたほうがいいですか?」
答え「心電図モニタは装着から約30秒で心拍数が分かりますが、SpO2モニタでは2分程度かかります(出典はNCPR講義スライド)。心電図モニタの有益性は示されていますので、あなたの施設がハイリスク分娩を多く扱う施設であるなら、心電図モニタの使用が望まれます」
複数の観察研究から、パルスオキシメータと比較して、心電図モニタは迅速かつ正確な心拍測定に有益であることが示され、特に総合周産期、地域周産期母子医療センターといったハイリスク分娩を多く扱うような施設においては、新生児用の心電図モニタの普及、使用が望まれる。
新生児蘇生法テキスト第3版 p69
人工呼吸や胸骨圧迫が必要なときに、心拍数の確認に聴診しか方法がない状況はとても心細いものです。
心電図モニタは非常に有効なツールです。
在胎33週の臍帯ミルキング
質問「在胎33週の児に臍帯ミルキングをしてもいいですか?」
答え「NCPR2015では、在胎29週以上の胎盤血輸血(臍帯遅延結紮や臍帯ミルキング)についての推奨は保留されていますので、なんともいえません。私個人の意見としても、推奨・否定する根拠がいずれも乏しく、アドバイスできません」
臍帯遅延結紮を導入した場合、光線療法の頻度の増加とそれに伴う児の入院期間の延長が危惧されるなど、「わが国において臍帯遅延結紮を支持あるいは否定するエビデンスは十分ではない」ことから、引き続きNCPR2015でも臍帯遅延結紮の推奨は保留された。
新生児蘇生法テキスト第3版 p33
なお、在胎28週以下では臍帯ミルキングが推奨されています。
わが国の他施設共同研究で行われた在胎28週以下の早産児を対象に、児から臍帯を30cmの位置で結紮切離して、ラジアントウォーマー下で1回ミルキングし、結紮切離する単回ミルキング法が推奨される。
新生児蘇生法テキスト第3版 p111
気管挿管後の胸骨圧迫
質問「胸骨圧迫とマスクバギングを3:1(同期)で続けています。換気をさらに有効にするため、気管挿管を行いました。挿管後は胸骨圧迫と換気を非同期で行ったほうがいいですか?」
答え「NCPR2015では、気管挿管後の非同期でのCPRについて記載されていません。現場の混乱を防ぐためにも、挿管後も3:1の同期したCPRが妥当でしょう。NCPRの講義用スライドでも、挿管後に同期したCPRを継続しています」
子どもに対するBLS(2人法)は15:2でCPRし、気管挿管されれば胸骨圧迫は毎分100-120回で継続しつつ、換気は6秒おきにします。
つまり、気管挿管後は胸骨圧迫と換気は非同期になります。
NCPRでも、気管挿管されれば非同期にしたほうがいいのでしょうか。
BLSをしっかり勉強している人は、このような疑問を持つはずです。
JRC(日本蘇生協議会)のガイドラインではこのように書かれています。
気管挿管された新生児の心停止に対して、3:1の胸骨圧迫:人工呼吸比で人工呼吸を行った場合、人工呼吸のための中断なしで持続的に胸骨圧迫した場合(非同期のCPR)と比較して転帰がよいかどうか判断するための十分なエビデンスはない。(中略)生後1か月以内の気管挿管された満期産児やそれに近い新生児には、それぞれの環境でもっともよく使われる胸骨圧迫:人工呼吸比と蘇生方法を使うべきである。
JRC蘇生ガイドライン2015 第三章
つまり、分娩室、新生児室、NICUではNCPRが適応されますので、NCPRに従って、気管挿管後も3:1のCPRでよいと考えられます。
まとめ
新生児蘇生法インストラクターとして、新生児蘇生法テキストやJRC蘇生ガイドラインに書いていないことを勝手に言えないため、引用が多い記事になりました。
インストラクターが、テキストに書いてあることを熟知しておくのは当然です。
むしろ、テキストに書いていないことに対して「それはNCPRのテキストには書いていない事項です」と答えられる能力も必要でしょう。
NCPR開催で感じたことはこちらの記事に書きました。
新生児蘇生法テキストは、周産期医療に携わる人は必ず読むべきテキストですので、詳細は引用元のテキストを確認ください。
また、JRC蘇生ガイドライン2015には、NCPRのエビデンスが書かれています。
NCPRについては第四章です。
JRC蘇生ガイドライン2015オンライン版は無償で読めますので、お時間あるときにでも参考にしてください。