医者の過労死について小児科医が考える。

2016年1月、新潟県の後期研修医(2年間の初期研修を終えた医者は、続いて3年間は後期研修医と呼ばれます)が自殺するという事件がありました。
2017年5月31日、新潟労働基準監督署はこの事件について労災認定する方針を決めたとのことです。

医者にとって負担となる「時間外受診」の半数近くは子どもであったというデータもありますので(参考:平成13年度総括研究報告書)、小児科医にとって過労死の問題は他人ごとではありません。

今回は医師の残業時間について、一人の小児科医として思うことを書きます。

医者の過労死

1998年に関西医科大学の研修医が突然死した事件は、長時間労働による過労死と認定されました。

また1999年8月16日に小児科の勤務医である中原先生が「少子化と経営効率のはざまで」という遺書を残して自殺した事件も、過労による労災であると認められました。

中原先生の遺書「少子化と経営効率のはざまで」は、最高裁判所の言葉を借りるなら「より良い医療を実現する」という観点から、小児科医であれば読むべき内容です。
また、小さなお子さんがいて、よく小児科を受診するというお父さん・お母さんにもぜひ読んで頂きたい内容を含んでいます。

医者の過重労働

2005年の日本小児科学会による「病院小児科医の将来需要について」という報告書がとても興味深いです。

5ページ目に「ひとつの小児科が担当する小児人口」という項目があります。
1つの病院で5000人の子どもを担当するというのが、平成12年度の状況だったようです。

丹波市には8500人の子どもがいますが、丹波市の小児科病院は兵庫県立柏原病院しかありません。
そして、柏原病院は小児科医が2人しかいないという時期がありました。
そもそも丹波市には小児科がメインである診療所が存在せず、当時の柏原病院は激務であったと思います。

6ページ目には、小児科医4325人を対象とした、月間の「平日超過勤務時間+夜間当直+休日日直(各12時間に換算)」の総計が書かれています。

1か月の超過勤務が84時間以上の小児科医は46%になります。

私も日当直を月2回、当直を月に4回という勤務を何年も続けていましたが、この計算でいくと月に96時間の超過勤務ということになります。
また自主的にではありますが、土曜日や日曜日も出勤していました。

私の勤務形態は、それほど珍しくないことが小児科学会の調査から分かります。
むしろ6%の小児科医は月180時間以上の超過勤務をしているという事態に驚きました。

7ページ目には、若手ほど労働時間が長いことが示されています。

そして最後の15ページ目には、小児科医はあと1000人の増員が必要と書かれています。

労働基準監督署からの是正勧告

医者の過重労働について、江原朗先生が小児科学会雑誌(2009年)やPediatrics International(2012年)に論文を出しています。
後者の論文(Labor law violations in Japanese public hospitals from March 2002 to March 2011.)では、労働基準監督署から交付された是正勧告書を調査することで、病院の労働法規違反を明らかにしました。

つまり、全国の200床以上の公立病院369施設のうち、208施設(56.4%)が労働法規違反で是正勧告を受けていました。
そのうち177施設は労働時間に関する違反であったとのことです。

小児科医の過重労働は改善されたか

小児科学会や医局、病院の努力によって、小児科医の労働条件は改善されたのでしょうか。

2004年と2010年との比較した小児科学会の報告書「病院小児科・医師現状調査結果
報告書II 2004 年と2010 年の比較」では、79ページ目に「時間外労働時間は大学病院では24.1%減、一般病院では16.6%減であった」とあります。

とはいっても、2010年の時間外労働時間は、20歳代の男女および30歳代の男性で平均108時間を超えています。

若手小児科医の多くが、過労死の認定基準である月80時間を超えて時間外勤務をしています。

時間外労働時間と拘束時間

今まで出てきた「時間外労働時間」というのは、「超過時間(いわゆる残業)」+「当直や日直の勤務時間」の合計でした。

ですが、医者には「宅直オンコール」というものがあります。
宅直オンコールとは、夜中や休日において、院内待機の義務はないものの、救急外来等に関して即応を求められる状態のことを言います。

自宅が病院から近ければ、家に帰ってもいいのですが、当然ながらお酒を飲んではいけません。
病院から遠く離れて遊びに行ってもいけません。
また、いつ救急コールがかかってくるか分からない状態であり、お風呂に入るときすら携帯電話を近くに置いておかなければならないケースもあるでしょう。
寝ていても、携帯電話が鳴っているような錯覚がするのは、「宅直オンコールあるある」です。

この宅直オンコール(いわゆる拘束時間)は平均的な小児科医で月に72時間だということです。
私も偶然の一致ですが、今月の宅直オンコールは72時間です。

時間外労働時間と宅直オンコールを合わせたならば、小児科医の平均で月に154時間になります。

私が研修医のとき

私が研修医のとき、時間外労働は全くありませんでした。
17時に帰ることができていたわけではなく、夜遅くまで(場合によっては日付が変わるまで)病棟にいましたが、それは早く一人前になるための勉強でした。
自主的な勉強ですので、労働には含まれないという考え方でした。

また、未熟だから時間内に仕事が終わらないのであって、一人前の医者ならおそらく数十分で片づけられるような仕事を私は一日中取り組んでいただけですから、いわゆる残業には当たらないという考え方でした。

この教育法がよかったというつもりはありません。

現実問題、私と同期だった研修医の中には、せっかく国家試験に合格したのに、仕事が苦痛で2か月で病院を辞めてしまった人もいます。

ですが、私が夜遅くまで残っているとき、一人で残っていたわけではなく、いつも指導医の先生がそばについていてくれました。
支えがあったからこそ、がんばれたのだと思います。
恵まれた環境であったことを感謝するとともに、環境に恵まれなかった一部の同僚(新潟県の後期研修医の件も含めて)を不幸に思います。

私にできること

時間外労働時間は減らすには、いくつか方法があるでしょう。

  1. 小児科医を増やす。
  2. 小児科医を集約化する。
  3. クリニカルパスの導入など、医療を効率化する。
  4. 時間外受診を控えるように呼びかける。

1、2、3については学会や医局、病院などが取り組んでくれています。
4については、柏原病院を守る会など、地域の人が協力してくれたケースもありました。

時間外労働時間を減らすことは私には難しいことです。
私に何ができるのかと考えて、思いついたのが「いかに楽しく仕事をするか」ということでした。

疲労と疲労感は違うと思うのです。

時間外も働いて、大変であっても、そこにやりがいがあって、達成感があれば、意欲的に取り組むことができます。

睡眠時間がないという身体的なストレスを和らげるには、十分な休息以外の方法はないと思います。
ですが、精神的なストレスは、仕事の充足感があればその負担をちょっと軽くできるのではないかと思います。

私は今年で医者として9年目となり、若い先生に指導する機会も増えてきました。

業務の目的をきちんと説明せずに現場仕事をさせると、後輩にはやりがいも達成感も得られず、疲労感ばかりがたまってしまいます。

仕事を任せるのは、やりがいや達成感にもつながりますが、任せっぱなしでは疲労がたまります。

任せることと、一緒に考えることのバランスが大切だと思います。
うまくバランスをとるには、後輩とコミュニケーションをはかることが必要です。
(ここでいうコミュニケーションとは、業務の目的を説明し、その結果をしっかりフィードバックするということです)

まとめ

江原先生が2009年の小児科学会雑誌に報告した論文の考察を引用します。

日本の医療は、安価で、アクセスがよく、質の高いことが知られている。しかし、こうした日本の医療は自己犠牲的な医師の働きによって維持されてきたに過ぎない。しかし、国民の医療にかける期待も増大しており、もはや「赤ひげ」に代表される使命感だけでは医療が立ち行かなくなってきている。医療の崩壊が進行する前に、継続可能な勤務体制の構築が求められる。

日本小児科学会雑誌113巻8号(2009年)

電通の新入社員が2015年12月に自殺した事件は記憶に新しく、過労死は医者だけの問題ではありません。

「働き方改革」では、罰則付き残業規制という案もあります。
時間外労働時間制限について、原則として年360時間、特例でも年720時間以内と政府は検討しているようです。
しかし、医師への適用は5年間猶予する方針とのことです。
医者の増員には時間がかかることを考慮すれば、仕方がないことだと思います。

私は私のできることとして、職場の働きやすさを考えていきます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。