2017年8月7日追記。
ステロイドの投与量と期間について追記しました。
上の画像は第102回国家試験で出題されたIgA血管炎に関する問題の図です。
IgA血管炎は医学生でも知っているメジャーな病気です。
ヘノッホ・シェーンライン紫斑病(Henoch-Schönlein紫斑病)のほうが馴染み深いかもしれません。
川崎病を除けば、IgA血管炎は子どもでは最多の血管炎です。
むしろ、小児科で診る血管炎は、川崎病かIgA血管炎のどちらかです。
IgA血管炎はとてもありふれた疾患なのですが、川崎病と比べると研究が進んでいないような印象を受けます。
たとえば川崎病の診断基準は多くの人が知っている常識です。
ですが、IgA血管炎の診断基準をさらりと言えますか?
2016年に研修医の先生と一緒にIgA血管炎についてのスライドを作ったのですが、意外と研究テーマが乏しくて、スライド作りに苦労しました。
そのとき勉強に役立ったのが、日本皮膚科学会が作成した「血管炎・血管障害診療ガイドライン2016 年改訂版」をでした。
小児科医にとってもとても分かりやすいです。
今回は上記のガイドラインを踏まえつつ、小児科診療や小児内科、ネルソン小児科学などの小児科の見地も加えて、IgA血管炎の基本について書きます。
このページの目次です。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の症状
症状は主に4つです。
- 紫斑(100%):典型的には、足のすねによく出てきます。お尻にできることもあります。紫斑はぷくっと膨れており、触るとその隆起を触れます。palpable purpuraと言います。紫斑ですので押しても色が消えません。採血上では、血小板減少および血液凝固異常を伴いません。
- 関節痛/関節炎(60~75%):足や膝関節に痛みが出ます。腫れ上がることもあります。
- 消化管症状(50~65%):腹痛や嘔吐をします。血便を認めたり、胆汁性嘔吐をすることもあります。
- 尿検査異常・腎症(20~55%):血尿を認めることがあります。他の症状より遅れて出現します。通常は1-3週間以内に出現しますが、約10%は2か月以上経過してから出現するため注意が必要です(小児内科2008;p753)。
以上の4症状が順不同に、様々の程度で出現します。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の原因と好発年齢
原因は不明です。
好発年齢は4歳から7歳です(血管炎・血管障害診療ガイドライン2016年)。
ネルソン小児科学には3歳から10歳とあります。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の診断基準
診断基準は実は一定のものがありません。
CHCC2012によれば、「IgA血管炎はIgA抗体優位の免疫複合体の沈着が小血管に証明される血管炎で、皮膚、消化管、腎糸球体を障害し、関節痛あるいは関節炎を
合併する」と定義されています。
これだけ見ると、IgA血管炎の診断には「皮膚または腎臓の生検(実際に組織を切り取って、顕微鏡で見る検査)」が必要に思うかもしれません。
実際、21歳以上のIgA血管炎を診断する場合は、皮膚生検が重要な検査となります。
ですが、子どものIgA血管炎の診断に、生検は必須ではありません。
(EULAR/PreSコンセンサス会議2006)
palpable purpura(必須基準)以外に下記の特徴のうち1 つ以上を認めること
- びまん性腹痛(おなかが全体的に痛いこと)
- 生検組織にIgA 優位の沈着
- 関節痛ないし関節炎
- 腎障害(血尿and/or蛋白尿)
つまり皮膚生検をしなくても、IgA血管炎の症状4つのうち、紫斑とあともう一つ症状があればIgA血管炎と診断できます。
ただし、紫斑以外の症状が出現しない軽症のIgA血管炎も存在します。
「腹痛も関節痛も血尿もない場合は、皮膚生検をしないといけないんですか?」
EULAR/PreSコンセンサス会議2006に従えばそうかもしれません。
ですが、皮膚生検は痛みを伴う侵襲的な処置です。
子どもには積極的にしたくはないでしょう。
川崎病を除いた子どもの血管炎の中で、IgA血管炎は90% 以上を占め、他の小型血管炎の可能性はほとんどありません。
したがって典型的な紫斑(palpable purpura)があれば、それだけでIgA血管炎としてほぼ確実と言えます(ネルソン小児科学にも同様の記載あり)。
むしろ診断に苦慮するのは、典型的な紫斑がない場合でしょう。
初診時に紫斑を認めず、腹痛や関節痛を主訴に受診するIgA血管炎は33%のケースで認めます(小児内科2008;p753)。
紫斑がないIgA血管炎の診断については後述します。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の検査
採血検査では、白血球やCRPなどが上昇します(あまり特徴的ではありません)。
FDPやDダイマーなど血管炎のマーカーも上昇します(そこそこ特徴的です)。
重症例では凝固13因子活性が低下します(重症度の目安には有効です)。
補体やIgAは上昇することがあります(あまり特徴的ではありません)。
血小板数や凝固系検査は正常です。
腹痛が強い場合、便検査で血便を認めることがあります。
超音波検査では十二指腸の腸管浮腫を認めます。
腸重積を合併することがあるので腹痛が強い場合は超音波は有用です。
腎臓への炎症の波及を知るには尿検査が有用です。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の治療
紫斑に対しては安静を保ちます。
関節痛や腹痛に対しても安静や、鎮痛薬が使われます。
腹痛や嘔吐が強ければ、絶食にし、点滴を行います。
血管炎・血管障害診療ガイドライン2016 年改訂版では、強い腹痛に対しては副腎皮質ステロイドの経口ないし経静脈投与が推奨度Aで強く推奨されています。
ステロイドの投与量と期間としては、血管炎・血管障害診療ガイドライン2016のCQ-11に「小児IgAV では、PSL1mg/kg/日を短期間投与(2週間投与、その後漸減2週間)することによって、7-10日後の紫斑の出現は有意に抑制された。PSL2mg/kg/日投与も有効だった」と書かれています。
これらHuberらとRonkainenらの論文を参考に書かれたものです。
Huberらは経口のprednisone(プレドニゾン。日本では承認されていない薬です。肝臓で代謝されて等力価のプレドニゾロンになるようです)を2mg/kg/dayで1週間投与し、2週間以上かけて漸減終了しています。
Ronkainenらは経口のprednisoneを1mg/kg/dayで2週間投与し、2週間以上かけて漸減終了しています。
IgA血管炎に対するステロイド治療の量と期間については、多くの研究でプレドニゾンを1-2mg/kg/dayで1-2週間投与し、その後0-2週間かけて漸減終了としています。
それを受けて、血管炎・血管障害診療ガイドライン2016では「ステロイドを2-4週間投与することを考慮してもよい」と書かれています。
日本ではプレドニゾンは承認されていませんが、プレドニゾロン(プレドニン)がほぼ同等の薬と考えられますので、プレドニゾロンを1-2mg/kg/dayで1-2週間投与し、その後0-2週間かけて漸減終了ということになるでしょう。
小児科診療にも同様の記載があります。
腹部所見がある場合には、プレドニン1-2mg/kg/日(内服)分3を1-2週間継続後から減量を開始する。(中略)急にプレドニンを減量すると、再燃することが多く、慎重に行うこと。ステロイド薬の減量は4-6週間かけて行う。(中略)腹部症状が強く内服できない場合や、腸管粘膜浮腫により内服薬の吸収不良な場合には、水溶性プレドニン1-2mg/kg/日(静注)分3を考慮する。
小児科診療2017年第80巻増刊号 p116
小児科診療に書かれたステロイドの投与方法は、過去の論文に比べると漸減にすごく時間をかけています。
ガイドラインにはステロイド投与は2-4週間とありますが、小児科診療の方法は5-8週間ステロイドを投与することになります。
どちらのほうが有効なのかを比較した論文は見つけられませんでしたが、どちらも参考にすべきです。
ステロイドを投与しても腹痛が強い例では、凝固13因子製剤や免疫グロブリン、ステロイドパルス、血漿交換を行う場合もありますが、その科学的根拠はまだ十分ではありません。
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の予後
子どものIgA血管炎は、腎症を除く全ての症状は1カ月以内に寛解することが多いです。
複数の分析疫学研究によると、寛解後約70%の症例は再発しません。
残りの約30%は4カ月以内(ネルソン小児科学では6か月以内)に少なくとも1 回再発しますが、最初の症状より軽症です。
つまり、腹痛や関節痛や紫斑といった症状は1か月以内に治り、その後30%の子どもは半年以内にまた腹痛や関節痛や紫斑が出現しますが、最初の腹痛に比べれば軽く済むことが多いということです。
1133例のシステマティック・レビューでは、長期経過観察中に34.2%に異常尿所見が認められましたが、腎炎あるいはネフローゼに罹患したのは7%で、永続的な腎機能障害は1.8%でした。
また、141例のコホート研究では、ネフローゼ症候群の罹患率は5% であり、長期観察で活動性腎機能障害が明らかになったのは1.4%、重症の腎機能不全は0.7%でした。
以上の通り、IgA血管炎の予後でもっとも重要なのは腎症症状であり、1-2%の症例で慢性腎炎にいたります。
したがって、回復後も長期間の尿検査が必要になります。
尿検査を行う期間は一定の決まりはありません。
ネルソン小児科学には「高血圧や初期に尿異常を認めた児には診断後6か月にわたる血圧や尿の連続モニタリングが推奨される」とあります。
尿異常は3か月以内に見つかることが多いため、発症後3か月間は月に1回尿検査フォロするようにしている施設もあります。
小児科診療2014年11月号p1666にも「腎炎を合併しやすい発症時~3か月は尿検査が必要である」とあります。
いっぽうで、小児科診療2017増刊p117では「再発は、1年以内によく経験することから、発症後の1年以内は検尿を含めた経過観察をすることがのぞましい」ともあります。
つまり、発症後3か月から12か月は尿検査フォローが必要です。
まとめ
IgA血管炎(ヘノッホ・シェーンライン紫斑病)の症状、原因、好発年齢、診断、検査、治療、予後について書きました。
IgA血管炎についてはまだまだ語ることがあります。
IgA血管炎に対するステロイド治療はどの程度推奨されているのかでしょうか。
ステロイドは消化管穿孔や腎障害に寄与するのでしょうか。
消化管の損傷の程度と検査値に関連はあるのでしょうか。
これらの疑問は、IgA血管炎の治療のゴールに直結します。
現時点で分かっていることについて、こちらの記事にまとめました。
ちなみに、IgA血管炎とヘノッホ・シェーンライン紫斑病を併せて書いていますが、名前が変更された経緯も面白いです。
疾患の名前についてはこちらの記事に書きました。