医者の守秘義務。判断が難しい6つのケース。

個人情報の保護がいっそう求められている昨今。
医者に守秘義務があることはご存じだと思います。

ですが、すべてを守秘することは、誰かを不幸にしてしまうかもしれません。
虐待された子どもが熱傷で救急外来に来たとき、親が「虐待してしまったことは黙っていて欲しい」と言ってきたらどうしますか。
親の承諾なく児童相談所に通告したら、守秘義務違反でしょうか?

守秘義務とは何か

医師の守秘義務について規定する法律はどれでしょうか?
a.医師法
b.個人情報保護法
c.刑法
d.医療法
e.地域保健法

答えはcです。
思わず医師法を選びそうになりますが、実は医師国家試験ではよく出てくる問題ですので、間違える医師はほとんどいません。

医師が、その業務上取り扱ったことについて、正当な理由がないのに、知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

刑法134条

要するに、医師は患者さんの情報を他人に話してはいけないということです。

これは、紀元前から受け継がれてきた、医の倫理です。
古代ギリシャに生まれた医学の父であるヒポクラテスも守秘義務について宣誓しています。

治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活について洩らすべきでないことは、他言してはならないとの信念をもって、沈黙を守ります。

ヒポクラテスの誓い

守秘義務違反となる例

35歳のAさんが悪性リンパ腫で入院しました。
放射線療法と化学療法で医療中ですが、ステージは進行しており、5年生存率は50%だと主治医は考えています。

ある日、病院にAさんの職場の上司から電話がかかってきました。
その上司は、Aさんの病名は何なのか、Aさんはどれくらい入院するのか、Aさんは退院後すぐに仕事に復帰できるのかなどを聞いてきました。

これをAさんの許諾を得ずに、勝手にその上司に話してしまっては、守秘義務違反となる可能性があります。

守秘義務違反とはならない例

守秘義務は、患者さんの個人情報を守るために医師に課せられた義務です。
ですが、いかなる場合も守秘義務を順守しなければならないわけではありません。
守秘義務には例外があります。

児童虐待を疑った場合

児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

児童虐待防止等に関する法律 第6条

ここで、「思われる」と表記されていますので、確証が無くても通告が義務であることを明確化しています。
つまり、虐待は疑った段階で通告する義務があります。

しかし、虐待したかもしれない親には内緒で児童相談所に通告するのは、守秘義務違反にならないのでしょうか。
その点についても、児童虐待防止等に関する法律に書かれています。

刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。

児童虐待防止等に関する法律 第6条

児童虐待を通告することは、医師の守秘義務違反には当たらないことが明記されています。

人工妊娠中絶をする場合

中絶というのは、命を絶つ行為です。
生命とは無条件で盲目的に神聖で尊いものです。
決して気軽に行ってはいけません。

しかし、どうしても育てることが難しい場合があります。

都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師は次の各号に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

母体保護法 第14条

要するに、暴力によって妊娠したケース、またはお母さんの身体的・経済的な理由で子どもをどうしても育てられないケースでは、母体保護法によって妊娠中絶することができます。
(なお、羊水検査でダウン症だったから中絶するというのは、母体保護法では原則的にできません)

そして、中絶したことは都道府県知事に届け出なければなりません。

医師又は指定医師は、第3条第1項、又は第14条第1項の規定によって不妊手術又は人工妊娠中絶を行った場合は、その月中の手術の結果を取りまとめて翌月10日までに、理由を記して、都道府県知事に届け出なければならない。

母体保護法 第25条

これは、中絶が乱用されるのをストップするために必要な通告です。
行われた中絶の妥当性を検討し、決して命を軽率に扱わないようにするための機構です。

もちろん、知事以外に伝えるのは守秘義務違反です。
お母さんが「夫の母には伝えないで欲しい」と伝えてきてもこなくても、関連性が低い人に情報をみだりに伝えてはいけません。

伝染力の強い感染症の場合

医師は、次に掲げる者を診断したときは、厚生労働省令で定める場合を除き、第一号に掲げる者については直ちにその者の氏名、年齢、性別その他厚生労働省令で定める事項を、第二号に掲げる者については七日以内にその者の年齢、性別その他厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければならない。
一  一類感染症の患者、二類感染症、三類感染症又は四類感染症の患者又は無症状病原体保有者、厚生労働省令で定める五類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者及び新感染症にかかっていると疑われる者
二 厚生労働省令で定める五類感染症の患者(厚生労働省令で定める五類感染症の無症状病原体保有者を含む。)

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 第12条

例えば患者さんから結核菌が検出されたとき、保健所長に届けないといけません。
これには守秘義務は適応されません。
守秘してしまうと感染が拡大し、第三者の不利益につながるからです。

その他

HIVが判明したとき、配偶者にも伝えて、HIVが感染していないか検査しなければなりません。
守秘義務を守り、配偶者のHIV発見が遅れては、第三者の不利益につながったと考えられます。

医療チームが患者さんの情報を共有することも守秘義務違反にはなりません。
既往歴や患者さんの状態を医者や看護師、薬剤師、理学療法士などが共有することは優れた医療を提供するために必要であり、患者さんの利益のために必要です。
高次病院に紹介状を書く行為も、同様に守秘義務にはなりません。
しかし、医療に不要な情報については共有してはいけません。

犯罪の可能性を感じたときも、通告できます。

何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。

刑事訴訟法 第239条

胸にナイフが刺さっていれば、警察に通告しても守秘義務違反にはなりません。

守秘義務の例外

刑法134条にも「正当な理由がなければ」という文言が書かれています。

正当な理由というのはどういうものでしょうか。
大コンメンタール刑法第2版第7巻からの引用ですが、以下の場合があるようです。

  • 法令に基づく場合。
  • 第三者の利益を保護するために秘密を開示する場合。
  • 本人の承諾がある場合。

児童虐待防止等に関する法律や母体保護法は「正当な理由」にあたると考えられます。

判断に困る事例

守秘義務というのは、患者さんに関することはすべて守秘しなければならないというものではありません。
守秘義務には例外があって、患者さん自身に不利益が出ないよう配慮しつつ、もし守秘することで第三者に不利益が及ぶときは、法令や患者さんの承諾に従って情報を開示しなければなりません。

この原則に従えば、大抵の状況で正しく判断できますが、それでも判断に困る状況があります。

例えば警察や弁護士から問い合わせがあったときです。
交通事故とか自殺未遂とかで、救急外来に搬送された場合に、警察と名乗る者が病院に電話をかけてきて、自己の状況を詳しく聞かせてほしいと言われたら、情報を提供してもいいのでしょうか。

たとえば飲酒運転で事故を起こしたのだとしたら、明らかに犯罪です。
刑事訴訟法 第239条に従って、警察に通告してもよいでしょう。
しかし、患者さんが飲酒運転の被害者だった場合はどうでしょう。
患者さん自身は罪を犯していないと思われます。
警察にその重症度や入院期間を教えてよいものでしょうか。

神奈川県立病院の対応というものがインターネット上で開示されていましたので、引用します。

捜査機関からの照会について 刑事訴訟法第197条第2項の規定に基づき、警察や検察等捜査機関から患者の状況について 照会があった場合には、本人の同意を得ずに、求められる範囲内で情報を提供することができるものとする。この際、捜査関係事項照会書の文書交付を前提とし、原則として電話等の口頭照会には応じないこととする。
なお、上記照会により求められた患者の状況その他の医療情報を患者本人の同意なく提供することが民法上の不法行為を構成するとは、通常は考えにくいが、求められた以外の情報を提供した場合は、損害賠償を請求されるおそれも否定できないことから、提供する情報の範囲については十分留意しなければならない。また、捜査機関に個人情報を提供する場合には、個人情報の適正な管理運用の一環として、照会者の所属、役職、氏名を確認するとともに、求められた個人情報の内容等について、後日 説明及び照合できるよう記録し保存しておくものとする。また、必要があると認めるときは、 条例第9条第3項の規定に基づき、提供された情報をその使用の目的以外に使用しないよう求めるものとする。
【確認方法】 (ア) 電話による照会 照会者の所属、役職、氏名を聴取し、一度電話を切って、病院側から電話をかけ直して確認する。 (イ) 来院しての照会 身分証明書等の提示を求めて照会者の身分を確認する。

神奈川県立病院

要するに、患者さんの個人情報はたとえ相手が警察であっても電話で伝えるのは適切ではないという考えです。
捜査関係事項照会書が必要かどうかは検討の余地がありますが、本当に電話の相手が警察官かどうかは分かりませんので、こちらから警察署に電話をかけなおして確認するか、直接会って身分証明書を見せてもらうのがよいでしょう。

捜査協力をしてあげたいという善意を逆手に取った詐欺もあります。
詐欺でなくても、医師には守秘義務があります。
患者との信頼関係を保つためにも第三者への情報公開は慎重にならなければなりません。

まとめ

  • 守秘義務には例外があります。
  • 法令に基づいて適切に通告することや、第三者の利益を守るために情報を伝えることは、守秘義務の例外となり、違法ではありません。

守秘義務は、患者さんとの信頼関係を守るために必要なことです。
情報を他者に伝えるときは、患者さんに同意を取っておくことがもっとも適切です。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。