ルソーの教育論「エミール」から小児医療のあり方を考える。

小児科医は子どものこどをどう思っているのでしょうか。

とても主観的な内容ですので、「私は子どものことをこう思っている」という視点で書きます。

子どもは小さな大人ではない

17世紀までの子どもというのは、未熟な大人として扱われていました。

今では考えられないことですが、成長過程に合わせた教育や配慮というものがなされなかったようです。

17世紀の日本といえば、関ケ原の合戦が終わったあたりの時代です。
読み書きやそろばんができない大人もいたことでしょう。

そういう教育を受けていない大人と、まだ小さい子どもは「読み書きそろばんができない」という同じくくりで、同じように対応されたのでしょう。
力仕事を要する場面では、子どもは力が弱い大人と同じように扱われたでしょう。

子どもは、いろいろな能力が劣っている大人として扱われていました。

そのような時代に、フランスの哲学者ルソーは教育論『エミール』のにおいて孤児エミールが理想的な教師のもとで成長をしていく過程を描き、「子どもは小さな大人ではない」と述べました。

これは、子どもには子ども時代という固有な世界があるという意味です。

小児医療という固有の世界

私も、子どもは小さな大人でないと思っています。

小児医療は大人の薬を量だけ減らして処方すればいいという単純な診療ではありません。
苦しさを言葉にできない子どもを診るために、小児科医は胸郭の動き、表情、皮膚の色、筋緊張などを丁寧に診察します。
採血検査について、子どもに針を刺すという行為の身体的・精神的ダメージを考えてプランを立てなければなりません。
成長・発達という小児科独特の視点でアドバイスができ、川崎病やIgA血管炎のような小児特有の診断ができなければなりません。

小児科と内科は、ある年齢を境にして隣り合わせの関係にあります。
ですが、患者さんへの接し方、診察の仕方、ゴールへ向けた治療スケジュールの立て方などが違うと思っています。

内科には内科の世界があるように、小児医療には小児医療固有の世界があると思っています。

これはルソーが「子どもには子ども時代という固有な世界がある」と述べたのに似ています。

正しい小児医療であるために

正しい小児医療であるために必要なことは何でしょうか。

先ほど例に挙げた、採血検査に代表される「子どもに針を刺す行為」について書いてみます。

仮に「赤ちゃんは痛みを感じないし、たとえ感じたとしてもすぐに忘れるから、痛みに配慮しなくていいんだ」という考え方があったとします。
これは、近年の報告および小児医療の方向性として、子どもの世界を正しく理解できていません。

生まれたばかりの赤ちゃんであっても、針を刺されると泣きます。
赤ちゃんだって痛みを感じるのです。

一部の小児科医には「赤ちゃんのほうが痛みを感じやすいんだ」と言う人もいます。
そして赤ちゃんに対する強い痛みストレスは、将来の発達に悪影響を及ぼすのではないかと言う人もいます。

大人であれば、採血の痛みはその多くが我慢できるでしょう。
でも、赤ちゃん、幼児、場合によってはそれより大きな子どもも、採血の痛みを我慢できません。
そして我慢できない痛みが、身体的にも精神的にも、子どもにとって大きな傷になります。

小児科医は、採血一つにとっても、予防注射一つにとっても、とても大きな配慮をします。
痛みへの配慮については、痛くない注射についてや、局所麻酔剤の使い方などの記事にも書きました。

正しい小児医療とは、「子ども時代という固有の世界を正しく理解した医療」だと思います。
小児科医が「子ども世界の正しい代弁者」であれば、正しい小児医療につながります。

「子どもはきっとこういう医療を望んでいるはずだ」

これを常に考えていくことが、正しい小児医療に必要なことです。

余談

血の検査をするときに使う針はできるだけ細い方が痛くないのは、異論がないと思います。
(細い針で吸引圧を強くすれば痛いかもしれませんが、ここではごく微量な採血を想定して下さい)

私が2017年4月から赴任した病院には、子どもの採血に適した細い針がなかったので、さっそく小児科部長に相談しました。
小児科部長はすぐに採血用の細い針を手配してくれました。
私の意図を汲み取ってくださって、とても感謝しています。

まとめ

子どもには子ども時代という固有の世界があります。
固有の世界を守る小児医療も、内科とは異なった固有の世界を持っています。

小児科医には子どもの固有の世界を正しく理解し、正しく代弁できることが求められます。
それが正しい小児医療につながります。

子どもは元来、元気であるものです。

『エミール』で子どもの自然性の発現を保護する教育が説かれたのと同様に、子どもの自然性の発現を尊重し、支持するのが小児科医の治療スタイルです。

小児科医は内科医とは異なった視点、矜持で患者を診ています。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。