子どもの採血時に親を引き離す4つの理由とその反論。

「では血の検査をしますので、お子さんをお預かりします。お母さんは待合室でお待ちくださいね」

これは、当院の看護師がよく使うフレーズです。
明石医療センターに限ったわけではなく、多くの小児科外来で「採血や点滴をするときはお預かり」という方針が採られています。

採血や点滴をするとき、親は付き添わないほうがいいのでしょうか。
それとも付き添ったほうがいいのでしょうか。

親の付き添いの現状

2007年に鈴木理恵子さんらが報告したデータによると、小児科の375施設のうち、子どもの採血や点滴のときに親が「付き添う」と答えた施設は4%、「付き添っていない」と答えた施設は65%、「状況による」と答えた施設は31%でした。

私の務める明石医療センターも、上記の赤枠に含まれます。
少なくても2007年の時点では、親が付き添わないのが多数派のようです。

親を付き添わせない理由

どうして採血や点滴をするとき、親を待合室に追い出すのでしょうか。
これには4つの理由があります。

処置のためのスペースの確保

子どもを安全に採血しようとすると、場合によっては数人がかりで押さえる必要があります。
狭い処置室で、大人が密集する形になり、お父さん・お母さんが子どもを見守るにはスペース的に難しケースがあります。

処置のためのスペースを確保するために、仕方なく親には待合室で待ってもらう場合があります。

手技に集中するため

点滴の針を子どもの手に刺そうとする瞬間は、小児科医は神経を研ぎ澄ましています。
心配そうに見つめる親が「ああ、痛そう……。ああ、かわいそう……」と隣でつぶやいていると、気になって集中できない可能性があります。

特に若い小児科医は、緊張すれば手先が震えます。
(私はさすがに震えません。小児科医を何年もやっていれば、親の視線で緊張するなんてことはありません)

少しでも採血や点滴の成功率を高めるために、親は処置室から退室してもらうことがあります。

処置の迅速化

お父さん・お母さんに「付き添うか、付き添わないか」を聞いていると、それだけで時間がかかります。
親にとっても、付き添うほうがいいのか、付き添わないほうがいいのか、即断できないからです。

処置をスピーディに終えるために、ルーチンとして「外でお待ちください」と言うほうがよいという考え方もあります。

親子関係への配慮

採血をしている間、子どもは泣き叫びます。
お母さんはそばにいても、子どもを助けることができません。

子どもは「お母さんはどうして助けてくれないんだろう」と不安になるかもしれません。

子どもに勘違いされないためにも、痛い処置をする間はお母さんには離れてもらって、終わったら「お母さんが助けにくる」という状況がよいという考え方があります。
親子関係に配慮して、採血中は親に付き添わせないという考え方です。

子どもの権利

1989年、国連総会で「児童の権利に関する条約」が採択されました。

  • 子どもの最善の利益の保障(3条)
  • 親と引き離されない権利(9条)
  • 意見を表す権利(12条)

私見ではありますが、子どもはどんな状況であっても、お父さん・お母さんがそばにいるほうがよいと思います。
心配そうに見つめる親に対して「お母さんはどうして助けてくれないんだろう」と思う子どもはいないと思います。
(処置中にスマートフォンをいじっているお母さんを見れば、そう思うかもしれませんが、そういう親はいません)

採血や点滴において、子どもを親から引き離すのは、子どもの権利を十分に保障できていないと私は考えます。

私はこうしています

私は点滴をとるときにまずお母さんに確認をします。

「今から点滴をとります。お子さんにとって、お母さんがそばにいる方が心強いと思います。もしお母さんが点滴の処置を見るのが怖くなければ、子どものそばについていてください。もし処置を見るのが怖ければ、終わったらすぐにお呼びしますので、処置室の外でお待ちください」

少し強迫的な質問になりがちですので、「どちらを選んでも大丈夫ですよ」と優しく聞きましょう。

8割くらいのお母さんが、そばについていることを選びます。
残りの2割は、他のきょうだいがいる、父親に連絡を取りたい、血を見るのが怖い、などの理由で待合室に行きます。

お母さんがそばについていると、子どもの泣く時間は大きく減少します。
もちろん、針を刺す瞬間は泣いてしまうのですが、泣き止むまでの時間が早いです。

また、お母さんに子どもを押さえるのを手伝ってもらえば、採血に要する人員を一人減らせます。
手が空いた看護師に別の仕事をやってもらえば、小児科外来の待ち時間が減ります。

子どもの採血は難しいので、お母さんの目の前で失敗してしまうこともあります。
ですが、小児科のプロという自負をもって処置に臨めば、動揺しません。
子どものために失敗しないほうがいいのは当然です。
「親がそばについているから、失敗できないぞ」という考え方は、プロ失格です。

まとめ

親に処置を手伝ってもらうことで、スペースは保たれ、処置の迅速さも上がります。
手技への集中については、小児科医の経験次第でしょう。
親子関係は、親が付き添うことで壊れるとは思えません。

以上は私見です。
親が付き添うことで、児のストレスが本当に減っているのかについて、明確なエビデンスはありません。
親を子どもに付き添わせている、という私の自己満足かもしれません。

それでも、処置室のスペース、手技への集中、迅速化、親子関係の配慮などを理由に、子どもと親を引き離そうとする考え方について、私は反対します。

ちなみに「点滴をとることは、小児科医の必殺技なんだ」と主張した記事はこちらです。

小児科医の必殺技!華麗な手技こそ信頼のカギ。

2017年1月5日
また「心肺停止で子どもが倒れたとき、蘇生の現場に親は付き添うべきだ」と書いた記事はこちらです。

子どもの突然死において小児科医が配慮する5つの倫理的問題。

2017年2月14日
今回の記事と関連しますので、併せて読んでくださると嬉しいです。

2 件のコメント

  • […] ここからは少し余談です。(読み飛ばして頂いて問題ありません)実はこの初日に、血液検査と点滴で1時間以上親と離されてずっと泣き叫んでいたことが、息子にとって超トラウマになり、その後の入院生活に結構支障をきたすことになります….。入院中、私が少しでも息子のベッドから降りると泣く、先生や看護師さんの訪問がある度に、また連れて行かれるのではないかと泣きわめいて私に必死にしがみつく…血液検査での母子分離は、「”痛いことをされているのにママが助けてくれない”というのが親子関係に影響をきたす」といったことなどが理由のようですが…ちょっと個人的には懐疑的です。その後、入院中に何度も血液検査を母子分離で実施しますが、ママと離れてちっくんするよと説明すると、その時の息子の要求は「ママと離れたくない、一緒に行きたい泣」その一点でした。痛いことが嫌とは言っておらず、あくまでママと離れて、連れて行かれることに恐怖と抵抗を訴えてました。もちろん元気になればなんだっていいという気持ちではいるのですが、血液検査は親も同席した方が子どものメンタルに良いのでは…?と個人的には思いました…。気になって調べてみると、・同席するか否か選択できるようにしている小児科医の方や、・こういった研究などもあります。母子分離するメリットが、本当にデメリットを上回っているのか…?医療従事者でもなんでもない一当事者としては、同席するか否かの選択が与えられたら嬉しいなと思います。 […]

  • […] ここからは少し余談です。(読み飛ばして頂いて問題ありません)実はこの初日に、血液検査と点滴で1時間以上親と離されてずっと泣き叫んでいたことが、息子にとって超トラウマになり、その後の入院生活に結構支障をきたすことになります….。入院中、私が少しでも息子のベッドから降りると泣く、先生や看護師さんの訪問がある度に、また連れて行かれるのではないかと泣きわめいて私に必死にしがみつく…血液検査での母子分離は、「”痛いことをされているのにママが助けてくれない”ことが親子関係に影響をきたす」ということなどが理由のようですが…ちょっと個人的には懐疑的です。その後、入院中に何度も血液検査を母子分離で実施しますが、「ママと離れてちっくんするよ」と説明すると、その時の息子の要求は「ママと離れたくない、一緒に行きたい泣」その一点でした。痛いことが嫌とは言っておらず、あくまでママと離れて、連れて行かれることに恐怖と抵抗を訴えてました。もちろん元気になればなんだっていいという気持ちではあるのですが、血液検査は親も同席した方が子どものメンタルに良いのでは…?と個人的には思いました…。気になって調べてみると、・同席するか否か選択できるようにしている小児科医の方や、・こういった研究などもあります。母子分離するメリットが、本当にデメリットを上回っているのでしょうか…?医療従事者でもなんでもない一当事者としては、同席するか否かの選択が与えられたら嬉しいなと思います。 […]

  • ABOUTこの記事をかいた人

    小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。