医療現場の格言・名言。「後医は名医」という言葉を知っていますか?

医療現場には様々な格言があります。

これらの格言はエビデンスに基づいているわけではありません。
ですが、多くの医療者が「分かる」と納得するようなものばかりです。

今回は、そのような格言を紹介するとともに、「クリニカルパール」という言葉について説明します。

後医は名医なり

小児科医に限らずすべての医者が知っている格言として、「後医は名医」というのがあります。

たとえば3歳の男の子が39度の熱を出して小児科の開業医を受診しました。
開業医の先生は丁寧に聴診し、のどを手早く見て、首を触り、耳鏡で鼓膜を観察したうえで「喉が赤いですが、それ以外の所見はありません。おそらく風邪でしょう。風邪薬を出しますね」と言いました。

しかし4日たっても熱が下がりません。

「お医者さんの言う通り、風邪薬はしっかり飲ませているのに。熱は下がらないし、首は腫れてきているし、からだ中にはブツブツができてきて、目も唇も真っ赤になってしまった。きっと誤診されたんだ。あの医者はヤブだ。もっと大きい病院で診てもらわないとわが子の命が危ない」と考えた親は、大病院に連れていきました。

待合室で2時間待って、ようやく診察室に入れたと思ったら、小児科医に「ああ、川崎病ですね。入院しましょう」と言われました。
「さすがは大病院の先生、一目見るだけで診断できてしまうなんて! やはり大病院の先生は名医だなあ」と親は思いました。

……どうでしょうか、これが「後医は名医」です。

発熱初日で川崎病を診断することは絶対にできません。
そして発熱5日目にこれだけの症状がそろった川崎病を見逃す医者もいません。
この大病院の医者は名医でもなんでもなくて、普通の小児科医です。
(むしろ丁寧に全身を診察した最初の小児科医のほうが名医かもしれません)

時間が経てばいろいろな所見が目立ってくるので、後から診察する医者のほうが診断しやすいのです。
だから名医に錯覚してしまいます。

クリニカル・パール

後医は名医、という言葉を紹介しました。
これは格言とも、名言とも言います。
ことわざ、慣用句、座右の銘と言うこともできるでしょう。

ただ、私はこういう医療現場の格言を「クリニカル・パール」と呼んでいます。

クリニカル・パールとは、1973年にNorman Milerが提唱した「証明されていないが、繰り返し印刷されたり放送したりして信用を得たもの」であり、証明されるというよりも、受け入れられるということが特徴です。

Mangrulkarらは次の4つの基準を示しています。
What is the role of the clinical “pearl”?(Am J Med. 2002: 113: 617-24.)

  1. ある患者から得られた情報の中で、他の患者に対しても一般化できるものである。
  2. 経験豊富な優れた臨床医から得られるものである。
  3. あまり知られていない知識をうまく伝えることができる。
  4. 注意をひきインパクトのあることが最も重要であり、簡単で、理解しやすく、覚えやすくあるべきである。

最初に紹介した「後医は名医」は、この条件を満たしています。
先人から先人へと脈々と受け継がれてきた簡潔な教訓です。

他にも「女性を見たら妊娠を疑え」というパールもすべての医者が知っています。
妊娠しているかどうかは検査がとても簡単であるうえに、妊娠していれば使えない薬、してはいけない検査があるので、妊娠は真っ先に除外しなければいけない、という意味です。

こういうのが面白いと思うのでしたら、カリフォルニア大サンフランシスコ校内科学教授で、診断の達人と呼ばれるローレンス・ティアニーがたくさんのクリニカル・パールを教えてくれます。
「ティアニー先生のベスト・パール」という本がベスト・セラーのようです。

このように、単刀直入な臨床上のアドバイスを「クリニカル・パール」といいます。

小児科医のクリニカル・パール

小児科医の価値観・倫理観・目線・診断技術など、そういうことをすべてひっくるめた「小児科医の考え方」をできるだけ分かりやすく知っていただくために、クリニカル・パールというのはとても面白い手法です。

伝えたいことをパールにして伝えるというのは、医学の教育現場ですでにされています。
私もいくつものパールを先輩から受け継ぎました。

指導医から研修医へと語り繋がれてきた知恵は、そのエッセンスが凝縮され、分かりやすく覚えやすく、そして誰もが納得できる「核」となっています。

小児科のクリニカル・パールとは、できるだけコンパクトで、そしてすべての小児科医に共通する「核」です。
その「核」さえ知っていれば、世界中どこの小児科を受診しても、その小児科のことが分かってしまいます。

「でも、小児科医はそれぞれバラバラじゃないですか。何歳まで診るかも違うし、何を診るかも違うし、そんな小児科医に共通した核があるんですか?」

私は、あると思っています。
それこそが、小児科医のプロフェッショナリズムです。
この世界にはいろいろな小児科医がいますが、プロフェッショナルであれば、必ず共通する価値観・倫理観があります。

その共通した価値感・倫理観こそプロフェッショナリズムであり、「クリニカル・パール」です。

私が考えた小児科パール

私が考えた小児科パールは次のようなものです。

  • 子どもは小さな大人ではない。
  • 子どもに悪い子はいない。
  • ヤブ医者の病人選び。
  • 所見は生もの。
  • 沈黙は金。
  • 「お風呂に入っていいですよ」は魔法の言葉。
  • 「何かあったら来てください」では、いつ来たらいいのか分からない。
  • 笑顔が戻れば、退院は近い。
  • 誰でも分かるカルテを。
  • 治らないのは親のせいではない。
  • かぜ薬はかぜを治す薬ではない。
  • かぜに抗生剤は無効。
  • 熱も咳も鼻水も生体防御反応。
  • 薬の味を知れ。
  • 薬はお土産ではない。
  • 小児科医こそ仁術。
  • 研究は希望である。
  • 教うるは学ぶのなかば。
  • 真っ先に手を挙げろ。
  • 同じ川崎病患者はいない。
  • 地図もコンパスも必要。
  • 親こそ最大の小児科医である。
  • ヒポクラテスの誓いを思い出せ。

Mangrulkarらは「経験豊富な優れた臨床医から得られる」と定義しており、私はまだその域に達してはいません(2018年時点で10年目の医師ではありますが、まだまだです)。
ですが、現時点で私が「これこそ小児科医のプロフェッショナリズムが伝わるパールだ」と感じていることを本にまとめました。

まとめ

医療現場にはいくつもの格言があり、それをクリニカル・パールと呼んでいます。

クリニカル・パールはとても分かりやすいです。
小児科医のプロフェッショナリズムを知ってもらうために、パールはとてもよい手法です。

このサイトでは、そうした小児科医のクリニカル・パールをできるだけ紹介していきます。
パールのうちの一つがあなたの心に響いて、小児科医のことが少しでも理解できて、安心して子どもを小児科に連れていくことができるようになれば幸いです。

また、これから子育てを考える人、もしくはもう終えた人、そして小児科医を目指そうと考える学生にもぜひ読んで頂けると嬉しいです。

このブログを読んでいろいろな人が小児科に興味を持ってくださって、小児科医を理解してくれるようになって、理解の結果私たち小児科医がもっと働きやすい環境になって、小児科志望者も増えて、小児科医不足も解消して、お父さん・お母さんが子育てしやすい環境になって……という好循環のきっかけになることを切に望みます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。