私はPALSという子どもの二次救急のプロバイダーです。
PALSには「不幸にも子どもが亡くなってしまったとき、どのような対応をすべきか」という内容が含まれます。
「子どもの死」に対する対応は、死亡を確認する前から始まっています。
まだ蘇生中という段階から、いかに丁寧に親に接するかが大切です。
心肺停止した子どもの蘇生中および死亡後の倫理的な問題点は次の5点です。
- 蘇生中の家族の立ち会い
- 蘇生処置の中止
- 死亡を伝える
- 死因究明のための説明
- その後のサポート
すべての子どもが元気に生きていくのが理想です。
しかし、小児科医である以上、子どもの死に遭遇します。
「子どもの死」に際して、小児科医が親にどのように接したかで、遺族が「子どもの死」からどれほど回復できるかが変わります。
不適切な対応
PALSの講義ビデオの中で、不適切な救急対応の一例が出てきます。
朝まで元気だった10歳の少年が、学校で突然倒れ、救急車で病院へ運ばれます。
学校の連絡を受けた母親が、病院に駆けつけました。
「子どもは現在も蘇生中」と看護師に告げられ、救急室の外で待つように言われました。
15分ほどして父親も駆けつけます。
父「何があったんだ?」
母「分からないの。学校で倒れたっだけで」
父「今はどういう状況なんだ?」
母「分からないわ。説明が全くないの」
20分ほどして、救急室から医者が出てきました。
父「息子はどうなんですか?」
医者「ああ……。そうですね、言いにくいのですが……」
父「どうなんですか?」
医師「つまり、その、帰らぬ人になってしまい……」
父「どういうことですか?」
医師「ですから、そういうことです。次の患者が待ってますので、失礼」
不適切な対応の問題点
上記の例は、何が悪かったのでしょうか。
子どもが死亡してしまったという事実は一番悪いでしょう。
後遺症なく蘇生できていれば、全く問題となりません。
ですが、蘇生の甲斐なく命を救えないことはあります。
一つは、母と父が救急室の外で30分以上孤独な環境に置かれたことが問題です。
蘇生の現場を見せるべきかどうかは、ケースバイケースですが、もし現場に家族を立ち会わせないのなら、逐次状況を家族に説明する看護師またはコーディネーターを配置すべきでしょう。
「今、息子さんは呼吸も心拍も止まっています。人工呼吸と胸骨圧迫を続けながら、心臓に反応する薬を使っているところです」
定期的に状況を説明することで、家族の孤独を防げたかもしれません。
また、死亡についてはっきりと言わなかったのも問題です。
「帰らぬ人に」とか「この世にはもういない」とかそういう表現は避けるべきです。
死亡を暗に示すような表現では、家族は混乱します。
また、プライバシーを守れない状況も問題です。
救急室の周辺は人通りが多いものです。
落ち着いて話ができる個室を用意すべきでしょう。
では、正しい対応をするために、どのようにすればよいのかを、細かく書きます。
蘇生中の家族の立ち会い
アメリカ心臓協会のPALSガイドラインには「ほとんどの家族が蘇生中の立ち会いを希望している」と書かれています。
小児科医は、可能な限り家族の立ち会いを勧めるべきです。
家族が蘇生中に立ち会った場合、不安や落ち込みが和らぎ、悲しみ際してより建設的な行動がとれる可能性があります。
小児科医も人間です。
家族が立ち会えば、少なからず緊張します。
死亡したら訴えられるのではないかという不安もあります。
ですが、そのような不安は、とても些細なことだと私は思っています。
もし、処置のスペースの関係で、立ち会いが難しいときや、親が立ち会いを拒否したときは、個室で落ち着ける場所を提供し、そこに看護師かコーディネーターを配置しましょう。
蘇生の状況を、家族に知らせてあげましょう。
蘇生処置の中止
心肺停止が長時間続いたとき、やがて蘇生を中止しなければなりません。
蘇生処置をどの時点で中止すべきかは、明確なエビデンスがありません。
以前は、アドレナリンを2回投与しても心拍再開しない場合は、生存する可能性は低いとされていました。
しかし、アドレナリンを3回以上投与した後に、後遺症なく生存できた例も報告されています。
蘇生の中止の判断は、心停止の原因、蘇生に利用可能なリソースや場所によって影響されます。
目撃者のいる心停止では、蘇生が成功する可能性が高くなります。
特に薬物中毒や低体温の場合は、粘り強く蘇生することも必要です。
いかなる処置にも反応せず、心肺停止が続く場合、私は蘇生を継続しながら両親に状況を説明するようにしています。
(もちろん、胸骨圧迫や人工呼吸は別のスタッフに代わってもらいます)
立ち会いを望まなかった親にも、蘇生を中止する瞬間は立ち会ってもらうようにします。
蘇生の可能性が限りなく低いこと、これ以上の蘇生は子どもの体をいたずらに傷つけることを説明します。
親の承諾を得て、蘇生を中止し、死亡確認に進みます。
死亡を伝える
蘇生を中止し、死亡確認をします。
- 心電図モニターが平坦になっていることを確認する
- 橈骨動脈・頸動脈の脈拍がないことを確認する
- 瞳孔が散大し、対光反射とまつ毛反射がないことを確認する
- 聴診で心音と呼吸音がないことを確認する
「○時□分、死亡を確認しました」と伝えます。
「ご臨終です」とか「お亡くなりになりました」という表現は、やや遠回しに聞こえますので、混乱の原因になると私は思っています。
その後、数分、家族に遺体に触れてもらいます。
カテーテルなどは抜いてあげたいのですが、異状死の場合は現場保存が基本ですので、そのままになります。
数分したら、「詳しい状況を説明いたします」と別室に案内します。
その間に、異状死であれば、警察に届け出ます。
異状死に対する対応はこちらの記事を参考にしてください。
説明中に医者のPHSが鳴ってしまうのは不謹慎です。
家族の心を傷つけてしまいます。
PHSは別のスタッフに預けましょう。
言葉だけではなく、図表を書きながら説明しましょう。
事実は簡潔に、明快に伝えましょう。
たとえ家族を傷つけないためと思っても、一部を隠すのはやめましょう。
正確に伝えたほうが、家族の心の回復を早めます。
死因究明のための説明
承諾解剖、行政解剖、司法解剖のいずれかを提案します。
解剖は、多くの家族にとって受け入れがたいものです。
そして、たとえ解剖しても死因は分からないことがあります。
しかし、死因について多くの疑問が残ってしまうと遺族が精神的に回復するのが困難になります。
また死因が分からなくても、解剖して分からなかったのと、解剖せずに分からなかったので葉、受け止め方が変わります。
どこで剖検が行われるのか、いつに遺体をお返しできるのか、結果はいつ出るのかを伝えます。
その後のサポート
多くの親は、子どもの死によって混乱し、気が動転しています。
医者の説明はほとんど頭に入っていません。
質問も思いつかないことが多いです。
退院後も、質問があればスタッフと話し合えること伝えましょう。
子どもを亡くした親が悲しみから回復するには、平均1~2年かかります。
いつでも温かく迎えることを約束しましょう。
まとめ
子どもの死をもって小児科の仕事が終わるわけではありません。
子どもの死は、小児科医にとってもつらいことです。
死から目を背けたくなります。
ですが、決してその場から逃げてはいけません。
現実をしっかり受け止め、残された家族のために、自分は何をしてあげられるかを考えましょう。