気管支喘息でスペーサー吸入したあと、息止めをしますか?

2019年が終わってしまいます。

年の瀬でみなさんがお忙しい中、私はPALSインストラクターの更新期限を迎えてしまい、あわててモニター試験を受けてきました。
本当にバタバタです。

PALSで気管支喘息の子どもにβ2刺激薬を吸入させるとき、どのデバイスを使うかというディスカッションになりました。
定量噴霧器(metered dose inhaler:MDI)をスペーサーで吸入する方法は、設備の少ない診療所でも簡単に行うことができます。
いっぽう、「この方法では吸入後に10秒程度の息止めが必要であり、息止めができない幼児や、学童期以降でも呼吸が苦しい状況では適さないのではないか」という意見もありました。

吸入を補助してくれる装置「スペーサー」については、このブログでも何度か紹介してきました。

子どもの吸入。喘息治療管理料2とスペーサーを用いた吸入指導。

2017年12月18日

小児の気管支喘息に対する吸入デバイスの長所と短所まとめ。

2017年12月25日

確かに「吸入後の10秒息止め」は小児の呼吸器系緊急事態においてかなりハードルが高いです。
本当に10秒止めないといけないのか、疑問が湧きました。

今回は、スペーサーで吸入したあと息止めが必要かどうかを考えます。

米国心臓協会におけるスペーサーの使用方法

まず、AHAのPALSテキストの内容をまとめましょう。

マウスピース型:小児に「3~5回ゆっくり深くマウスピースから息を吸い込み、最後の呼吸で息を10秒くらい止める」ように指示する。

フェイスマスク型:吸入器を押し下げたら、小児にマスクを通して、薬剤の放出後に3~5回の普通の呼吸をさせる。

小児二次救命処置 AHAガイドライン2015準拠 p165

マウスピースで吸うときは、吸入後に10秒くらいの息止めが必要です。
フェイスマスクでは、息止めが不要で、普通の呼吸で良いです。

私がスペーサーを指導するときは、いつもフェイスマスクを使っていましたので、普通の呼吸で吸入させていました。
マウスピースが使える年齢では、私はドライパウダー型(Dry Powder Inhaler:DPI)を使用していました。
そのため、マウスピースでの吸入方法についてしっかり読んでいなかったのですが、確かに「10秒くらいの息止め」が必要と記載されています。

仮に8歳とか12歳とか15歳のように、ある程度しっかりした子どもであっても、喘息発作で呼吸がとてもしんどいときに10秒も息止めできるのでしょうか。
そもそも、10秒息止めは本当に必要なのでしょうか。
マスクだったら息止め不要なのに、マウスピースでは10秒息止めというのは、すんなりとは納得いきません。

わが国のガイドラインにおけるスペーサーの使用方法

続いて、わが国のガイドラインを見てみましょう。
日本小児アレルギー学会がガイドラインを出しています。

マウスピース付きスペーサーを使用する場合:息を吐いた状態でマウスピースをくわえて口を閉じ、ゆっくりと大きく吸入する。数秒間息こらえをして、ゆっくりと吐き出す。1回では吸入しきれない場合には、再度吸入する。

マスク付きスペーサーを使用する場合:マスクを顔に密着し、安静呼吸を数回行う。

小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2017

(リンクは2019年改訂版を載せています。生物学的製剤に関する記載が追加されています)

マスク付きスペーサーについての記載はAHAと同じですが、マウスピースでの吸入はAHAと違います。
AHAでは「10秒くらい」とありましたが、わが国では「数秒間」となっています。
数秒間というのは、5秒くらいでしょうか?
10秒よりは短いように思います。
そして「ゆっくりと吐き出す」という息止め後の呼気についても記載されています。

10秒止めるのか、数秒止めるのか、それとも止める必要はないのか。

もう少し調べてみましょう。

pubmedで調べてみた

pubmedで調べてみた、と書きましたが、良い論文が見つからず。
一応、ましかなと思えたのがこれです。

A pilot study to assess lung deposition of HFA-beclomethasone and CFC-beclomethasone from a pressurized metered dose inhaler with and without add-on spacers and using varying breathhold times.(J Aerosol Med Pulm Drug Deliv. 2010: 355-61)

「エアロゾル医学と肺への薬物移送の雑誌」というすごいニッチな雑誌。
2019年のインパクトファクターは2.866もあっても驚きました。

パイロットスタディ書いてあるだけあって、たった12人を対象とした研究です。
吸入後の息止めに関して分かったことが2つあります。

  • 吸入後の息止め1秒では、息止め10秒に比べて、薬剤の肺沈着量が16%減少した。
  • 吸入剤の小さな粒子は肺に沈着するのに時間がかかるため、短い息止めでは肺に沈着する前に吐き出されてしまった。

もし本当に16%しか変わらないのであれば、無理して息止めしなくてもいいんじゃないかなというのが私の感想です。
小児の吸入はなかなか難しいので、私は16%程度の差を許容します。
(たとえばネブライザーでは、吸入中に児が泣いたり、マスクが数cm離れたりすれば、吸入効果はほとんどなくなります。16%減少どころではすみません)

わが国のガイドラインの「ゆっくりと吐き出す」は、吸入された小さな薬剤粒子が呼気とともに吐き出されるのを防ぐためなのでしょう。

他にも面白いことがこの論文には書いてあって、定量噴霧器をプッシュしてすぐに吸入するよりも、2秒遅れて吸入したほうが口腔・咽頭に薬剤が付着する量が減ることが分かりました。
ステロイド吸入では口に付着するとカンジダなどの感染の懸念があるので、プッシュして2秒後に吸う方法もいいなと感じました。

結論

マウスピースでは、「吸入後に10秒息止め」とか、「数秒息止めしてゆっくりと吐き出す」とか、テキストによって差があります。
マスクでは息止め不要です。

息止め時間がバラバラなのは、「息止めによって吸入効果は若干上がるが、その差は小さい」と考えられるためでしょう。
「息止めは必要か」という問いに対する答えは、「できるのだったら息止めしたほうがいいけれど、無理な場合は無理せず、マスクがあるならマスクで吸うのもいいね」という答えにしておきます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。