熱中症の治療。「氷水に浸かるのが良い!」に対する疑問。

熱中症はその重症度で3つに分類されます。
熱中症の分類については、こちらの記事で書きました。

「熱射病」と最近言わない理由。熱中症の分類再考。

2018年7月21日

当然のことですが、重症度が高いほど、予後は悪くなります。
熱中症III度は内科的緊急事態であり、ネルソン小児科学によると熱中症III度のうち意識障害・40度以上の発熱・発汗の停止を認めるようなケースでは死亡率が50%に達するとされます。

熱中症になってしまったら速やかな治療が必要です。

熱中症の治療を調べていると、「氷水に浸かるのがよい!」という論文を読みました。
いっぽうで、熱中症診療ガイドライン2015では「氷水に浸かるのがよい!」とは書かれていません(体温を速やかに下げるべきだとは書かれていますが、具体的な方法として氷水は挙げられていません)。

今回は、熱中症III度に対する治療について書きます。

熱中症III度の治療

最初に大前提として書きますが、熱中症III度は自宅や学校で様子を見ていてもよい状況ではありません。

暑い状況にさらされ、高体温(安岡正蔵先生の記載では、腋窩で38℃以上、直腸温で39℃以上)を認め、意識障害があれば、熱中症III度です。
熱中症III度は救急車で病院を受診すべき状況でしょう。

したがって、ここで書く内容は救急車が着くまで、または救急車内、または救急外来到着後になされる処置です。
上記を理解した上で、熱中症III度の治療をご覧ください。

治療の原則は、①積極的な冷却、②脱水と電解質異常の補正による血液循環の確立、③障害臓器への対応、である。

小児科診療2018年増刊号 p83-85

これらの原則を一つずつ見ていきましょう。

積極的な冷却

冷却を積極的に行うべきとするエビデンスは、熱中症診療ガイドライン2015にも紹介されています。

日本救急医学会熱中症に関する委員会による全国調査Heatstroke STUDYの結果において、後遺症を生じることなく生存できたIII度熱中症を対照群とし、後遺症を生じた群と比較検討すると、38℃までの冷却時間は後遺症を生じた群で長く、有意差を認めている(Heatstroke STUDY 2006とHeatstroke STUDY 2008)。

熱中症診療ガイドライン2015

できるだけ早く、直腸温を38℃まで下げたほうが予後がよいようです。

ここで2つの疑問が生じます。

  • できるだけ早く直腸温を下げるにはどうすればいいか。
  • 体を早急に冷却しすぎて有害事象はないのか。

できるだけ早く直腸温を下げる方法としては、2℃の冷水(いわゆる氷水)に漬ける方法が示されています。
Acute Whole-Body Cooling for Exercise-Induced Hyperthermia: A Systematic Review(J Athl Train. 2009; 44: 84-93)によれば、確かに氷水に体を漬ける方法は、体温を早く下げるのに有効です。

ただ、このグラフ。

ちょっと変に感じませんか?
一番上のaが2℃の氷水のデータなんですが、明らかに突出しすぎです。
「2℃の氷水がよかった!」というインパクトは強いのですが、あまりにインパクトが強すぎてにわかに信じられません。
(ちなみに、bとgも氷水ですが、aと比較すると全然効果が違います。同じ氷水でもaの論文だけ突出して体温を下げています)

信じられない場合は、元文献を読んでみましょう。
Effect of water temperature on cooling efficiency during hyperthermia in humans.(J Appl Physiol. 2003; 94: 1317-23)

「2℃の氷水がよかった!」と力説するこの論文では、21-26歳の健康な7人の男女に協力してもらっています。
38.8℃の空間に入ってもらって、そこで走ってもらいます。
直腸温が40℃になるまで走り続けてもらいます。

直腸温が40℃になったら、2℃の水に体をつけ、体温がどうなるかを測定します。
この実験は8℃、14℃、20℃でも行われました。

つまり本当の熱中症患者ではなく、熱中症と似た状況を作って行われた実験です。

結果は2℃で大きく直腸温が下がりました。
8℃、14℃、20℃での結果はほぼ同じで、直腸温は下がったものの2℃に比べれば及ばない結果でした。

この原因として、2℃と20℃ではシバリングが起きなかったからだと考察されています。

2℃だとシバリングが出ない、ということは本当に一般的なのでしょうか。
考察を見ていると、2℃だとシバリングは出ないという他の論文(Whole-body cooling of hyperthermic runners: comparison of two field therapies.Am J Emerg Med. 1996; 14: 355-8)もあるようですが、これも本当の熱中症患者を対象にしたわけではなく、マラソン選手で実験しただけです。

本当の熱中症の患者が、2℃の氷水でシバリングを起こさないと言っていいのかどうか、はっきりしません。
少なくても熱中症診療ガイドラインには「冷水への浸漬の効果に関する研究では、2℃の水に約9分浸漬させることで直腸温が39.5℃から38.6℃まで低下する」と記載されています。

前述した論文の氷水aでは0.35℃/分下がっていますが、氷水bは0.2℃/分、氷水gは0.16℃/分、熱中症診療ガイドライン2015では0.1℃/分でしか下がっておらず、データのばらつきを感じます。

「2℃の氷水がよかった!」という根拠は、健常人データによる少ないサンプル数での結果であることを留意すべきでしょう。

いっぽうで、氷水の安全性についてはどうでしょうか。
熱中症III度でぐったりしている人を氷水に浸して本当に安全なのでしょうか。

目標温度を直腸温38.6℃とした場合は処置を終えた後に低体温に陥らないことも報告されている。

熱中症診療ガイドライン2015

直腸温をしっかりモニタリングし、38.6℃を目標に氷水から引き揚げれば、低体温にはなりません。
ですが逆に言うと、直腸温をしっかりモニタリングしなければ、氷水は低体温のリスクになるかもしれません。

中心温が低すぎると、視床下部は体温を調節する能力を失う。冷たい水または氷水に浸かった後、中心温は低下し続ける危険があるため、処置後に体温がどのように変化するかは重要な関心事である。 Ferrisらは過度の冷却によって致命的な経過となった症例を報告した。 患者の中心温は、氷水に浸漬する間に37.2℃に低下し、その後、浴槽から取り出した後に35.6℃に低下した。この患者の循環は崩壊し、最終的に死亡した。

以下原文。
The hypothalamus will also lose the ability to regulate body temperature if the core temperature drops too low. Because there are dangers inherent in the continued fall in core temperature after cold or ice water immersion, the degree of afterdrop is an important concern when individuals are recovering after water immersion. One fatality reported by Ferris et al. could have been caused by excessive cooling. The patient’s core temperature fell to 37.2°C during immersion in ice water and subsequently fell to 35.6°C after removal from the tub. This patient developed circulatory collapse, and although his core temperature was eventually raised, he subsequently died.

Effect of water temperature on cooling efficiency during hyperthermia in humans.(J Appl Physiol. 2003; 94: 1317-23)

「2℃の氷水がよかった!」とする論文は存在しますが、いっぽうで低体温で亡くなってしまった報告もあります。
繰り返しますが、氷水で冷却する場合は直腸温をしっかりモニタリングしなければなりません。

リスクもデメリットも含め、熱中症に関するエビデンスは全体的に不足しているように感じます。
血管内冷却カテーテルによる冷却や水冷式体表冷却など期待されている治療もありますが、いずれもまだ十分な検討がなされていません。

とりあえず現時点の認識としては、積極的な冷却の手段として「直腸温をしっかりモニタリングした上での氷水で冷却」は有効な治療戦略となりえるかもしれない、という程度にとどめておきます。

脱水と電解質異常の補正による血液循環の確立

多くの症例で低血圧、ショックを呈している。循環不全の多くは、末梢血管の拡張と相対的あるいは絶対的な循環血液量の低下が原因である。初期輸液としては、生理食塩水や乳酸加リンゲル液などの細胞外液10-20mL/kgを急速に投与し、血圧と適正尿量が維持できるように投与量を調節する。

小児科診療2018年増刊号 p83-85

ナトリウムは低ナトリウム血症の場合も想定されますし、高ナトリウム血症の場合も想定されます。

障害臓器への対応

肝不全、腎不全、DIC、中枢神経障害を合併することがあります。
熱中症診療ガイドライン2015にも示されている通り、対症療法しかありません。

肝不全による対する血漿交換、腎不全に対する透析、DICに対するAT-Ⅲおよびトロンボモジュリン、中枢神経障害に対する低体温療法など、さまざまな治療が提案されるものの、明らかなエビデンスとなっている治療はありません。

まとめ

熱中症III度の治療について書きました。
熱中症に関するエビデンスは全体的に不足しているように感じます。

氷水に浸かることは冷却の有効かもしれませんが、エビデンスとしては弱いと私は感じました。
死亡例の報告もあり、一概に勧められる治療とはまだ言えないのではないかと思います。

少なくても直腸温がモニタリングできない状況(自宅とか学校とか)で「氷水につけてください!」とは指示しにくいです。
そもそも、自宅や学校で十分に全身を冷却できるほどの氷水を用意できるとも思いません。

  • エアコンのある部屋で休ませる。
  • 霧吹きで水をかけながら、うちわや扇風機で風を送る。
  • いわゆる3点クーリング(首、わきの下、太もものつけねを冷やす)
  • アイスバッグで全身をマッサージする。

意識障害がなければこれらを組み合わせつつ少し様子見、高体温が続けば医療機関を受診、意識障害があれば救急車を呼ぶという対応が現実的だと思います。

なお、熱中症については治療と同じかそれ以上に予防が大切です。
熱中症予防の方法はこちらに書きました。

熱中症を予防するには?ガイドラインとネルソン小児科学まとめ。

2018年7月18日

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。